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Ⅵ【ファウスト】第22話
箱の中でキラキラ光るシルバーの輝きに、そっと触れてみる。
これを、俺に………
「そのキーリングは俺が使ってた物で……中古の指輪じゃ、やっぱり嫌かな」
「そんな事ない!」
特別な想いの込められた……
誓いの指輪
………だから
「大切にするよ」
「じゃあ、ナツキっ」
まともにユキトの顔が見られない。
恥ずかしくて……
でも、ちゃんと見なくちゃ。
ユキトの目を見て、伝えなくちゃ。
「ありがとう、ユキト。……あのっ、えっと……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
ペコリ
頭を下げて、お辞儀する。
………………
………………
………………
顔を上げた俺の目の前で、ユキトが固まっている。
どうしようっ。
俺っ、変な事言っちゃったんだー!
ユキトが心を込めて、一生懸命プロポーズしてくれたのにぃー!!
「ごめんっ、俺っ。慣れてなくてっ」
「………ナツキ……可愛い」
「えっ」
「なんで、そんなに可愛いの?反応、可愛いすぎ♪」
「えええーッ!」
俺、可愛くないぞっ。
ブンブンッ
思いっきり振った頭は押さえられてしまう。ユキトの両手に頬っぺた挟まれて。
「俺が可愛いって思ったんだ。俺を否定しないで」
「……ズルい」
「うん、ズルいんだ」
つん
膨らませた頬をつつかれた。
「色んなナツキの顔見たい。色んなナツキを俺だけのものに独占したい。男ってズルいんだよ」
「俺……ズルい男を好きになってしまった……」
「そういうこと言うから、可愛いんだって」
クスっ
ちょっとはにかんで笑った顔ですら、格好良い。
俺……重症だ。
「ずぶ濡れでプロポーズだなんて。ほんとは、もっとカッコつけたかったんだけどな」
「タキシード着て渡したかったのか?」
「いいな、それ。俺、なに着ても似合うから」
「リング受け取る前に笑うぞ」
「ナツキ、酷い」
お互い笑い合って。
全然プロポーズらしくないけど。
夢みたいに幸せだよ、俺……
「ネックレス付けていい?」
「うん。お願いしていいか」
「もちろんだよ」
後ろ髪を上げて、止め金を掛ける。
胸で銀の輪が煌 めいた。
「俺は、ユキトのものになったんだな……」
「シキ ナツキだよ」
キーリングを握る俺の手に、ユキトの手が重なる。
ハルオミさんにも同じ名前を呼ばれたのに。
不思議だな。
胸の奥に、キュンと響くんだ。
「兄上よりも早く、指輪を贈りたかった」
ユキトが、キーリングを左手の薬指に通してくれる。
ぶかぶかだ。
「いつか、この薬指は兄上との結婚指輪をはめるから。その前に」
「はめないよ!」
振り返る。
首筋に顔をうずめたユキトが、緩く首を振った。
「そういう訳にはいかない。兄上には逆らえない。ナツキも……
逆らえなかったから、ナツキは今、兄上と結婚してる」
言葉が出ない。
そう…だ……
ハルオミさんは無理矢理、屈服させる手段を取らない。だから……牙を抜かれるんだ。
俺の夫は、黒の支配者
思考を読み、思考を操る、日本国 副総理……
恐ろしい男を夫にしてしまった。
「だけどね、ナツキ。俺は兄上と戦うよ。ナツキを俺だけのものにしたい。俺の元に取り戻したい」
唇が落ちた。
首筋の赤い鬱血の花びらを慈しむかのように……
「決心がついた。お前が指輪を受け取ってくれたから」
「ユキト……」
「指輪は兄上に対抗したんじゃない。
俺の部屋から、ナツキが連れ去られて……俺は絶望した。けれどっ」
ナツキが帰ってきたら……
「絶対渡そうと思った。信じたんだ。ナツキと再会できる。そう信じていた」
「ここには、ユキトの希望が込められているんだな」
「俺の希望を受け取ってくれて、ありがとう」
背中から逞しい腕が抱きしめる。
ナツキは、俺の希望だ。
そして、俺は………
「俺は、ナツキの愛人だよ」
俺達の結婚は表沙汰にできないから。
「ナツキの夫は俺だって……お前だけが知っていれば、それでいい」
俺達の手の中で、シルバーリングが輝く。
「病める時も、健やかなる時も、ユキト。お前を愛すると誓うよ」
「富める時も、貧しき時も、ナツキ。お前を愛し、お前を慈しみ、死が俺達を分かつまで貞操を守ると誓う」
二人だけで、誓いの言葉を奏でた唇で、
二人だけで、誓いの口づけを交わした。
秘密の夫婦だよ、俺達は……
突如、鳴り響くアラート
手の中からキーリングがこぼれて、銀の光が揺れる。
「敵襲か」
「違う。警報レベル1のアラートだ」
しがみついた腕が、俺を抱きしめた。
「心配ない。司令室からの転送だ」
ユキトがスクリーンのスイッチを入れる。
情報源は……外部だ。
官邸か。
違う。
情報コード不明のメッセージだ。
誰だ、情報源は?
波立ったスクリーンが人の影を象る。
「お前はッ」
なぜ、お前がいるッ
お前が存在する訳ないッ
なぜなら、お前は………………
スクリーンが映した人影
呼吸を止めて、心臓を貫いた。
お前は!!
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