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Ⅵ【ファウスト】第55話
「危険です。《トリスタン》投下の脅威がなくなったとはいえ、これは一時的な措置です。
起爆スイッチ一つで、いつ落ちるか知れない標的になっている都市に、あなたを向かわせる訳には行きません」
「……違うぞ、アキヒト」
東京に
「《トリスタン》は落ちる」
「どうしてだッ。兄上は沼津港に着港後、東京に向かうと約束したじゃないかッ」
「《トリスタン》投下を中止するとは言っていない」
「けれどっ」
「撃つよ、あの人は……」
分かるんだ。
……一応、夫婦だったしな。
「シュヴァルツ カイザーは日本の首都になんの思い入れもない。
寧 ろ、私腹を肥やす奸佞邪智 の政治家に食い荒らされた東京を焼き払い、テロリスト共々葬る、いい機会だと考えているくらいだろう」
首都移転計画が、裏で着々と準備されている筈だ。
「《トリスタン》で反対勢力を一掃し、日本国を再生する。新しく生まれ変わった日本の頂点に立つのが、黒の支配者 だ」
菫 の左眼をすがめた。
「新しい日本に俺達の居場所はない。テンカワ マコトのαクーデター失敗と共に、シルバーリベリオンの戦死が公式発表され、Ω解放軍は解体される」
生きていようとも『死』という報道により、存在を抹消される。
消された存在で生きるのは、死と同じだ。
再生された日本で、全てがシキ副総理 主導のもとで動き始める。
《トリスタン》で、この戦争を終わらせて……
「ハルオミさんは……」
もう………
「シルバーリベリオンの正体に気づいている」
「兄上は全部分かっていて、ナツキと婚姻を……」
「知っていてなのか、後から知ったのかは分からない。だが、俺がシルバーリベリオンであるのを知りながら隠してるのは事実だ」
何度も……
告白しようとした名前を、その度にあなたは遮ってきた。
シルバーリベリオンの名を……
俺の正体を後から知ったのならば、シュヴァルツ カイザーの洞察力が確信したのだろう。
「俺は虚偽 を真実 に変えなくてはならない!」
俺が東京に立てば………
「真実 になる」
この政府専用機から繋いだ通信
東京からだと偽った、俺のハルオミさんへの嘘………
「上書きするんだよ。真実に塗り替える!
東京スカイツリーの電波から、マルクに向けて発信する。その時には……」
正体を偽り続けてきた、この……
「銀の仮面を外して、あの人と対峙 する」
手の中で、機内に灯る明かりを反射した仮面が薄く輝いている。
「危険だ!
《トリスタン》投下を中止する保障はありません。あなたも東京と一緒に、焼き払われるかも知れないんですよッ。
こんな無謀な策は認めません!」
「策じゃないッ」
俺を映す……今にも泣きそうな琥珀の瞳を見つめ返した。
「策で止められる相手じゃない」
黒の支配者
「あの男の目に迷いはない」
躊躇なく、首都 東京に《トリスタン》を落とす覚悟がある。
シュヴァルツ カイザーを止める事はできない。
……だから、俺は策を捨てた。
「シキ ハルオミを止める」
シュヴァルツ カイザーではなく。
ハルオミさん……
あなたならば、まだ一縷 の望みがある。
シルバーリベリオンを生かすか、殺すか……決めるのは、あなただ。
あなたに、俺の運命を委ねる……
待つよ。
東京で。
あなたを待つ時間など、苦にも思わないさ………
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