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Ⅵ【ファウスト】第56話
「ユキト。起爆スイッチを押してから《トリスタン》が臨界に達するのは何分だ?」
「およそ10分。臨界の90%に達した時点で発射されるから、10分後に東京に投下されると考えて間違いない」
「分かった」
「けれど、ナツキ。《トリスタン》は政府最重要機密だ。俺も詳しい事は分からない。
起爆スイッチを押した時点で、投下を止められない可能性がある。
……それでも行くのか」
「あぁ」
菫の瞳を伏せた。
瞼の裏に面影映る……
「待ち合わせの場所に、遅れたくないんだ……」
東京スカイツリー
ここで決着をつけよう。
俺達の運命に
恐怖はない。
俺は、東京へ行くのが楽しみなんだ。
夫婦って似るのかな。
ハルオミさん。あなたが自分の胸に銃口をかざして、俺を妻にして命を救ってくれた時のように。
俺は今、俺の命をかざして、あなたを止めようとしている。
俺の命じゃ、あなたを救うなんて大それた事はできないよ。
《トリスタン》投下を微塵の躊躇もなく為し遂げようとする、あなたの覚悟は揺るぎない。
例え十年後、あなたは今の選択を悔いる事はないだろう。
この選択は俺自身のために
《トリスタン》を黙認し、あなたの妻で居続ける俺が十年後に居たならば、
………十年後の俺は、後悔している。
(悪妻でごめんな)
俺は、Ω解放軍 統帥
破壊の創造主 シルバーリベリオン、なんだ。
「マルク浮上、海面に出ると同時にゲートオープン。これでいいね」
ユキトの指が、プログラミングのパネルを叩いた。
「海面に出るまで、約5分20秒だ。俺も《ローエングリン》で出る」
ハッとして言いかけた声は……ユキトに遮られた。
「俺を頼るんだよ。……そう約束したろ」
唇に人差し指が押し当てられている。
「政府専用機で、テロの渦中に乗り込むんだ。なにが起こるか分からない」
頷くと、ユキトの指が離れていった。
「東京は戒厳令が敷かれている。俺が護衛するよ」
………チュッ
触れるだけのキスが舞い降りた。
「俺もナツキの夫だからね」
ユキトの手……
着衣の下の首から下げたキーリングに触れている。
「お前を守るのは、俺の役目だ。……大切な俺の奥さん」
「なっ、なにをっ」
「可愛いな、俺の奥さんは。照れちゃって、耳まで真っ赤♪」
チュッ
……頬っぺたにキスされた。
「愛人の分際で!」
「ワっ」
腕を引っ張られて、ハッと見上げた視線が琥珀の双玉に捕らわれる。
「この人は俺の家族だ」
俺の体、アキヒトにぎゅっとされているっ。
「俺の家族を増やしてくれる大事な体に、気安く触るな」
「アキヒト……家族を増やす……って?」
「統帥は、俺の子を産んでくれるんでしょ?俺達の家族、いっぱい増やしましょうね♪」
そうなのかーッ★
言いかけた言葉は、喉の奥に吸い込まれた。
チュッ
「あいつに触れられた唇の消毒です」
アキヒトにもキスされたー!
チュッ
「これは約束のキス」
「約束?」
「はい。統帥が子を産むために、俺が種を提供する約束のキスです」
「たたた、たー」
「種です」
「…………………………たね」
「知らないんですか?統帥。白くてドロっとした独特の臭いのする体液。今から見せましょうか?」
「いい!」
ブンブンブンッ
首を振る。俺も雄だから知っとるわ!
「ねぇ、統帥。子供がいなければ、結婚できないなんて事はありませんよね」
「え……あぁ、そうだな」
世間には子供がいなくても、仲睦まじい夫婦は沢山いる。
「じゃあ、確認なんですけど」
なんだろう?
蜂蜜色の瞳が、真摯に俺を見つめている。
少しだけ差した蔭が、愁いを帯びて揺らいだ。
俺はお前の主君で、家族だ。
アキヒト。不安に思う事は、なにもないのだぞ。
それなのに。どうして、木漏れ日のような暖かな眼差しを揺らすんだ。
「統帥が俺を家族だって言ってくれたのは、俺をあなたの夫だと認めてくれたんですよね?」
「………………え」
「子種を注ぐのは、夫の役割ですから!」
「………………あ…ぅ」
「俺はあなたの騎士で、あなたの夫になったんですよねっ!」
…………………………うぅぅ~
すがる目で見つめないでくれッ
琥珀の瞳をうるうる、不安げに揺らされたら………俺はっ。
………………なんて答えたらいいんだ?
アキヒトは、俺の騎士
俺の家族
………その先は?
『シルバーリベリオンの名において、我が騎士 アキヒトに命じる。我に種を注ぎ入れよ!』
……と命令したら、
『Yes , your Majesty .』
……と応えたアキヒトが、子種を俺に挿れるのか?
否、否、否!!
おかしいだろッ、絶対!!
そもそも、こんな命令下さないだろうっ。
アキヒトは、俺の…………
チュッ
「これで、俺達も夫婦ですね」
「………………え」
「愛は奪うものですから♪」
見上げた琥珀の瞳が、キラキラ輝いて綺麗だ。
……なんて、見惚れてる場合かっ。
誓いのキスが………奪われた。
(……………………一人、また増えた★)
俺の夫が三人になった!!
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