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Ⅵ【ファウスト】第58話

ぎゅっ………と。 アキヒトから奪われるように、引っ張られた体躯が抱きしめられた。 逞しい腕の体温が、俺を包んだ。 「海上で会おう」 ブラックダイヤの眼差しが目の前に迫って…… つん 鼻先と鼻先が触れ合った。 「俺が守るよ」 こつん……と、今度は額と額が触れる。 「お前が運命を廻せ。お前の紡ぐ運命を俺が守る」 だって、そうだろ…… 「俺は、運命のαだから」 「ユキト」 「俺の名前、もっと呼んで」 「ユキト」 ブラックダイヤの瞳が穏やかに頷いた。 「俺の名前を呼ぶんだよ。これからも……何度だって呼ぶんだ。お前の紡ぐ運命に俺はいるから」 「分かった。ユキト、俺を守ってくれ」 「よく言えたね、ナツキ」 チュッ あたたかなキスが舞い降りた。 「俺も運命を紡ぐ。お前の中に……」 ふわり、と…… 大きな掌が下腹部を撫でた。労るように…… 「子供を作るよ」 …………………………えっ。 「俺とナツキの子供」 「でもっ」 言の葉は喉の奥で消える。 ユキトが唇を塞いだから。 「愛している。お前を愛している証を受け入れてほしい」 ねぇ、ナツキ。 「お前の紡ぐ運命のその先を育てたいんだ。俺とお前と、俺達の子と三人で。愛したいし、愛されたいよ」 ………答える事はできなかった。 αの子供は産めない。 でも、俺は……………… ユキトの体を力いっぱい抱きしめていた。 これから紡ぐ運命に、お前もいてくれ。 ずっと…… ずっと、ずっと俺のそばにいてくれ。 我が儘でごめん。 我が儘を許してくれて、ありがとう…… なぁ、ユキト。 こうしていると、まるで俺の半身を抱きしめているみたいだ。 ほっとして、落ち着いて…… 溶け合ってくみたい。 もう離れる事なく、運命が俺達を分かつ事なく、ずっとずっと……そばにいられたらいいのにな。 鼓動と鼓動が重なって…… 命と命を重ね合って…… 手と手を重ねるように。 唇と唇を重ね会うように。 生きたいよ。 手を伸ばせば、お前の温もりをすぐに感じられる場所で…… そんな場所があればいいのに……… 「ありがとう」 熱い体温が抱きしめ返してくれる。 子供を産めない俺なのに。 柔らかな吐息が髪を撫でた。 「海上で会おう」 約束の言葉を刻む。 寂寞(せきばく)の海の底 深海に差す光はない。 けれども、俺達は求める。 海の上へ 光を求めて浮上する。 明日を求めて、今日という日を生きるんだ。 ゴオォーッと地鳴りのようなうめきを上げて、マルクが潜水から這い上がる。 海面到達まで5分を切った。 「統帥、こっちを向いて」 「えっ」 首を傾げた瞬間、唇が柔らかな温もりに包まれた。 アキヒトの唇が、俺の唇に重なってる…… ユキトの腕に抱かれたまま、アキヒトにキスされているっ! 「海上で会いましょう」 触れるだけの口づけをした唇が、約束を結ぶ。 チュッ もう一度、触れるだけのキスが優しく唇に施された。 「あなたを守るのは騎士の務めです。俺も《タンホイザー》で出ます」

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