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Ⅵ【ファウスト】第68話
コクピットに赤色灯が回る。
左エンジン損傷
警告を報せるブザーが響く。
(予備エンジンは生きている)
飛べる。
しかし。
「ファイヤー!」
《タンホイザー》の頭部が爆発する。今度こそ、ミサイルがモニターを砕いた。
「しかし!」
予備エンジンは機敏性に劣る。機動力は使えない。
ミサイルも残りわずかだ。
(どうすればいい)
どうすれば勝てるッ
考えろ!
敵の戦力を削ぎ、尚且つマルクを守る方法を。
活路は必ずある。
勝つために、俺はこの機体に乗っているんだ。
(来たかっ)
新たな《タンホイザー》だ。
ウィングの風圧が黒煙を薙いだ。
「二機同時だとッ」
サーベルが降り下ろされた背後から、もう一機の《タンホイザー》がミサイルを発射する。
いけないっ。
サーベルをかわした空域にッ!
赤い警告音がコクピット内にうなった。
ミサイル着弾
右エンジン損傷
尾翼破損
両エンジンが、予備エンジンに切り替わる。
これではもう、飛ぶのがやっとだ。
『シキ夫人、マルクに帰還してください!』
通信室から無線が入る。
『戦闘は無理です!』
「できない!」
今、敵に背を向ければ狙い撃たれる。
それに、まだ………
「たっていないだろう?3分45秒が」
絶対死守
「お前達の命を預かっているんだ」
『生きていてこその勝利です。あなたの犠牲の勝利なんてあり得ない!ご帰還ください!』
「くどいッ!」
サーベルとミサイルの雨を、いつまでかわし続けられるか。
恐らく1分ともたない。
だが!
俺がここにいるのは、勝機があるからだ。
「通信室、見せてやるぞ。俺達の勝利を!」
『シキ夫人、右舷 2時の方角より敵接近。ミサイルをかわして上昇してください!』
「了解」
掴んだ操縦桿を命一杯引いた。
『制空権control 、下方45度にミサイル射出用意。撃 ェェーッ!』
頭部を砕かれた《タンホイザー》が火を噴いて失墜する。
一機……否。
墜落の風圧が周囲の《タンホイザー》を巻き込んだ。
爆発が連鎖する。
左右の二機を取り込み、海に落ちた水柱が海面の一機を飲み込む。
四機の《タンホイザー》が一気に沈んだ。
「……そうだよ、それでいい」
『通信室のレーダーを政府専用機のレーダーと同調させました。シキ夫人の空域は俺達が守ります!』
「そうだ!俺を補え、α共!」
『Alles klar !シキ夫人を絶対死守!』
勝つぞ!
勝利への布石……
………俺ができるのは、ここまでだ。
まだかっ。
勝利への布石を磐石にするのは、あなただろう。
あなたはまだかっ。
俺を見ているのだろう。
菫の左目が、黒いノイズの走ったモニターを見つめた。
漆黒の陰の向こうから、あなたは俺を見ている。
俺の眼を通して、この戦闘を見ている。
勝利への算段は整ったか?
見せてもらうぞ、あなたの勝利の方程式を!
「囮 の時間は終わりだ!」
ガトリングが機影の背後を捕らえた。
黒い銃口が、緋の咆哮を噴いた。
「エンジンOFF」
銀翼が蒼の波間に失墜する。
機体上空をガトリングの砲弾が吹いた。一斉射撃の暴風が逆巻く。
海面着水ギリギリで、エンジンON
機体上昇
高度確認
エンジン フレイム
Fine
ガトリングの嵐がたった今まで機体のいた海面に、ジェネラルを誘う。
突き落とす。
叩きつける。
炎に焼かれた水柱と蒸気と濁流が噴き上がる。吹き起こる。吹き荒れる。
あなたが目醒めた…………
「………もう、俺は必要ない」
通信ランプが光る。
『正解だよ』
点滅する通信ランプ
『君はもう、必要ない』
モニターの陰が黒い人型を映した。
『君は要らない。私の戦術に囮にする命はない。命を散らす戦術は愚策だ』
陰が語る。
『私は愚者ではないのでね』
黒き陰に宿る光は、サファイア
『囮になる君ならば、最初から要らないよ。君も私の大事な戦力……』
大切な命だよ。
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