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第1話
どうにも上手くいかない。
大好きなギターを手放して、はぁ、とため息をつく。
俺、仲野悠弥(なかのゆうや)は、割と社交性があるほうだと自負している。
それでも一筋縄ではいかない後輩と出会い、どうやって心を開かせようかと悩んでいる、というわけだ。
頭を使うことがてんでだめな俺にとって、それは至難の業だった。
気分転換にギターでもかき鳴らすか、と思い至って触っていたが、やはり思考は彼に持っていかれる。
上手くいかないのだ。
そもそも不器用な俺だが、複数のことを同時進行させることは困難で、後輩関連の考え事とギターなんて最初から無理だったのだ。
後輩―夏川圭斗(なつかわけいと)は、とにかく無口で無愛想だ。
挨拶はしっかりできるようで安心したが、それ以外はとにかく話さない。
仕事終わりに飯に行ってみたこともあったが、楽しんでくれていた様子ではなかった。
俺たちはGimmick Starという大手声優事務所に所属するタレントで、俺は子役の頃から芸能界で仕事をしていたために芸歴は長い。
圭斗は…養成所で怒られなかったのだろうか、というほどに人とコミュニケーションを取らない。
取れないのではない。取らないのだろうと感じている。
根拠はない。ただの勘だが。
「笑ってくれとは言わないから…せめて少しでも自分のこと話してくれればなぁ…」
掠れたようなその呟きは、ひとりの部屋に虚しく響いた。
ただ仲良くしたいだけなんだが、それがどうにも上手くいかない。
「明日、また飯でも誘ってみるか」
先ほどよりもしっかりとした声音でそう呟けば、今度はスッキリした気持ちでギターを手にする。
軽快なコード進行の中、やっぱりいつかは笑った顔が見てみたいな、なんて、ぼんやりと思った。
数日前の雨で、綺麗に咲いていた桜も散ってしまった。
そんな桜並木をゆっくりと歩く。
本日最後の収録現場が終わり、圭斗と飯の約束している店に向かう。
そっけないような、ぶっきらぼうとも取れる圭斗の態度だが、嫌われている風には思わない。
誘えば今日のように応じてくれるし、何より言葉に棘がない。
雰囲気の悪いやつならば、俺だって早々に見切りをつけているが、圭斗はそうではない気がする。
この春に預かり所属になったばかりの新人で、共演こそまだだけれど。
俺は圭斗にがんばってもらいたいのだろう。
飯の約束をしたのは、よく行く居酒屋。
今日はうちの事務所の養成所のレッスン日だ。
つまり、養成所2年生の圭斗は、プロとはいえ授業を受けるはずで。
養成所の近くにある居酒屋なら行き慣れているだろう、と、昨日誘ってみたのだ。
まぁ、少し待たせてしまっているだろうけれど致し方のないことだ。
仕事が終わらなかったんだ。わかってくれるだろう。
待たせていることを把握した上でゆっくりと歩いているのは、『先輩に待たされた場合どんな反応をするのか』を検証するためだったりする。
桜並木を抜けてすぐの場所にある居酒屋に入り、事前に圭斗からLINEで知らされていた個室に入る。
「よっす。お疲れ」
「お疲れ様です」
右手を挙げて挨拶をすれば、無表情ではあるが返事が返ってきた。
「どのくらい待った?けっこう遅れた気もするけど」
そう告げると、圭斗は腕時計を確認して、「3時間くらいですね」と軽い口調で言ってのけた。
「…え、3時間?なに、お前そんなに待ってて怒んねぇの?」
「は?怒りませんけど。仲野さん、仕事って言ってましたし。…怒ってほしいんですか?」
「いや、そうじゃないけど…」
真顔で「怒らない」とはっきり言われてしまえば検証は終わりだが、こいつにここまで忍耐力があったのが驚きだ。
驚きながらも、圭斗の向かいの席に座る。
テーブルをみると、グラスがふたつあり、なにかを飲んだ形跡が窺えた。
「お、もう飲んだのか?」
そう聞けば、少しだけきょとんとした表情になり、「あぁ」と思い出したかのように吐き出した。
「ウーロン茶ですよ」
「へぇ…」
酒はあまり好かない。
今日知ったことだった。
ならば次回からは飲み屋以外がいいかな、なんて、相手に合わせてまでもプライベートを一緒にしたいなんて珍しいな、と思いながら夕飯を食べた。
酒を飲まない相手との居酒屋は、なんだか新鮮だ。
それにしても、終始無表情。
楽しいのかどうかわからない。
よく「悠弥といると楽しい」と言われるのにこの態度だ。
少し酒がまわっていたのも手伝って、思わず口が滑る。
「あのさぁ、圭斗って俺と話してて…いや、人と話してて楽しいか?」
無表情のまま首をかしげた圭斗は、「楽しくなさそうに見えますか」と聞いてきた。
「見えるよ。お前ずっと無表情なんだもん。あんま話さねぇし」
「そうですか…。すみません。楽しいですよ。仲野さんと話すのは」
そう言って少し伏し目がちになりながら、圭斗が微笑んだのを俺は見逃さなかった。
初めての反応に心拍数が上がる。
「俺、人間関係とか苦手で…。どういう態度をとるべきなのか、とか。全然わからなくて。でも、仲野さんは今の俺の原点です。いつか言えたらって思ってました」
目を合わせてはくれないが、嬉しそうに言う圭斗に、あ、俺は勘違いをしていただけなのだな、と悟った。
こいつはただ不器用なだけで、損をするタイプの人間だと。
なんだ。やっぱり可愛いじゃないか。
俺が傍にいてやればなんの問題もないわけだな。
けど…
「原点?ってのは…?」
気にかかった点を指摘すれば、「はい」と言葉をもらえた。
「俺、子供の頃から仲野さんのファンなんです。だから共演したくて声優目指して…。その夢は叶ってないですけど…」
「へぇ!それは嬉しいな。絶対共演しような!」
「はい。あと…あー…」
「どうした?」
歯切れの悪くなった圭斗の言葉を促す。
「…いつか、俺のものになってください。そういう意味で好きなんで」
「…は?」
突然の話題についていけなくなる。
あれか?酔ってるからか?
「付き合ってくださいって言ったんです。あなたが好きだから」
あ、勘違いじゃないのか。
「いや…でも俺、男だし…」
「知ってますよ、そんなこと。あなたに出会って、憧れが恋心に変わりました。俺のものにしたいんです」
真剣な視線から逃れるように目を逸らす。
「お前…なんで今日よく喋んの…。いつもそんなじゃないじゃん」
「なりふり構ってられないんで。本気なことはちゃんと言いますよ」
そこまで言ったかと思えば、話の途中にも関わらず圭斗は立ち上がり、伝票を見る。
どうしたのかと見上げる俺に、予想していなかった言葉が降りかかる。
「いい返事しか聞く気はありません。なので、心の準備をしていてください。俺が迎えに行くまでに」
少しばかりにやりと笑って、伝票を持って立ち去る圭斗を、追う気にはなれなかった。
確かに俺はよくモテる。
自覚している。
けれど、男にここまで言われたことはなかった。
いや、『ここまで』ではない。少しもない、が正しい。
あまりに混乱しすぎたため、ゲイの知り合いに電話をかけるまであと30秒。
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