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第40話 来訪者(2)

 視線が合うと、人なつこそうに緑の瞳を細められる。  若く見えるが、落ち着いた雰囲気をまとっているところを見ると、自分より年上かもしれない。四十前後だろうか。 「ヒロム・カツラギ?」 「リュウならいまいない」  自分の名を訊ねてきたことに、驚きはなかった。彼がなんのためにここへ来たのかも、すぐに気づいてしまう。  そうか、ようやく来たのか――真っ先に浮かんだ言葉は、それだけだった。リュウが来てもう二週間だ。  少し遅いくらいではないだろうか。けれどこれで彼との時間もおしまいなのかと思うと、なんだか気持ちが沈んだ。 「そうですか。待たせてもらっても?」 「どうぞ」  流暢な日本語だ。リュウはいまだに、単語で話すこともあるくらいだから、淀みのない言葉に少し驚いた。  それが顔に出たのか、彼は目を細めて優しくこちらに微笑みかけてくる。しかしなんだかその視線は居心地悪くて、目を背けながら彼を招き入れた。  部屋を振り返ると、先ほど消えた照明はなにごともなかったように、室内を照らしている。ほっと安堵の息をついてリビングへ行くと、背の高い客人をソファへと案内した。 「フランツ・オーモンさん」 「フランツとお呼びください」  ソファで大人しく座っている彼――フランツにお茶を出すと、名刺を差し出された。  横文字で書かれたそれは、どこかの会社なのか事務所なのかわからないが、肩書きはマネージャーとなっている。リュウはなにかの仕事に就いているのか。 「リュウを保護してくださりありがとうございました。公演を控えてるさなかの失踪でしたので、かなり肝を冷やしておりました」 「公演?」 「ご存じではないですか? リュウ・マリエール、ピアニストですよ。公演のために二週間前に来日しました」  首を傾げた自分を見て、フランツは驚きに目を見開いた。そんなに有名な人間だったのだろうか。  確かに一般人とは少し、違ったところは持ち合わせてはいたが、そこまで驚かれるとは思わなかった。

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