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第41話 来訪者(3)
「申し訳ない、その分野は詳しくないので」
ピアノはやはりどうしても好きになれない。なぜかと言われると、その理由はいまだ定かではないが、聴くだけで息苦しさを覚えてしまい体調を崩す。
クラシック全般が苦手なわけではなく、ピアノの音色だけがどうにも苦手で、耳障りに聞こえてしまう。
「え? そうなのですか? 本当に?」
「なにか、おかしいですか?」
「あ、いいえ」
不思議そうに何度も訊ねてくるフランツに、思わず険のある言い方をしてしまった。すると慌てたように彼は首を振り、申し訳ないと頭を下げてくる。
少し大人げない反応をしてしまっただろうか。けれど彼が大げさに驚くからいけないのだ。
人間不得手なものはいくつもあるものなのに、なぜそんなにも驚いたりしたのだろう。クラシックの分野に詳しくない人など、ごまんといる。
「リュウは元気ですか?」
「そう思いますよ」
「それはよかった!」
そういえば初めて出会った日は、抜け殻のようだった。大事な仕事を放り投げてしまうほどの、なにかがあったのだろうか。人があんな風に空虚になるのは、どんな時だろう。
心によほど大きな傷や、ストレスを抱えてしまった時――ふとそこまで考えて、なんだかその先を知りたくないような気持ちになった。
だがそれは想いとは裏腹に、あっけなく明かされてしまう。
「恋人を亡くしたばかりで、仕事も手につかなかったのです。彼は音楽家としてのパートナーでもあったので」
「……そう、ですか」
フランツはこちらが聞きもしないことを、つらつらと話してきた。リュウの最愛の人は幼馴染みだったそうだ。
リュウがピアノを、彼がバイオリンを弾き、二人でどんな時も一緒に歩んできたのだと言う。
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