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第73話 哀哭(3)
「宏武」
「あれが最後だって言っただろう」
甘い声で名前を耳元に囁かれる。それだけのことなのに肩が震えて、吐息がかかる耳まで熱くなってしまう。
耳たぶを優しく唇で食まれると、背中がゾクゾクとした。慌てて腕を振りほどこうとするけれど、しっかりと自分を抱きかかえたそれは離れていかない。
それどころかますます強く抱きしめてくる。身体を揺すってそこから逃げ出そうとするが、体格差がある上に昨夜の疲れが抜けていない身体だ、どう考えても無理がある。
リュウにその気がなければ、離してもらうのは難しいだろう。しかしこのままでは、また熱が高ぶってしまいそうだ。なんて浅ましい身体なんだろう。
そう自分に毒づくけれど、耳の縁を撫でられ、耳穴までじゅぶりと舐められると、小さな声が漏れた。
「リュウ、やめろ」
耳の穴をたっぷりと蹂躙した舌は耳裏を舐め、うなじや首筋に残された噛み痕を舐めていく。
少しの刺激にも敏感に反応してしまう身体は、次第に立っていられなくなるほど震えてしまう。
崩れ落ちるように床に膝をついたら、その上にリュウは覆い被さるように身体を寄せてくる。
彼から身体を離すように仰向けて倒れると、彼は自分にまたがり、まっすぐにこちらを見下ろした。
「リュウ、これ以上はやめてくれ」
「じゃあ、もうこれで終わりって、言わない?」
縋るような目で見つめられて、思わず言葉が詰まる。終わりにしたくはない。けれどもどうしたって、自分とリュウには終わりが来てしまうのだ。
彼はこれからも世界を飛び回って、活躍していくのだろう。
一つの場所にとどまり、自分などを相手にしている暇などない。自分が彼の足かせになるのは嫌なのだ。
自分がいるせいで、飛び立てなくなったりしたら、拭いきれない後悔に苛まれてしまうだろう。
「また誰かの羽根を折るだなんてこと、したくない」
飛び立つ力を持った翼を手折ることは、もう二度としたくない。またあの時のように、すべてが壊れてしまったらと思うと、怖くてその手を握ることができなくなる。
ああ、そうだ――自分があの夢から抜け出せないのは、あの人に呪われているせいじゃない。
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