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第86話 終演(2)

「ねぇ、宏武。また俺を拾ってくれる?」  まっすぐな純真な瞳がじっと自分を見つめる。小さく首を傾げて、のぞき込むような仕草をする彼に、誘われるままに自分は頷いていた。 「……いいよ。ついておいで」  落ちた傘を拾い上げて差しかけてやると、それを受け取り彼はゆっくりと立ち上がった。そして歩き出す自分の後ろをついてくる。  まるであの日の再現をしているみたいだった。  それでもあの日とは違うことがある。後ろから伸びてきた手に、空いた片方の手を握られていることだ。  握りしめた手のひらは、お互いの熱が移ってとても温かい。確かに彼がそこに存在するのがわかって、なんだかとても嬉しくなった。 「宏武、全然連絡くれなかったね」 「悪かった。でもいますごく会いたくて、連絡したいって思ってたんだ」  さすがに二年は待たせ過ぎただろうか。なんだか会いたいなんて言葉も、言い訳みたいに聞こえる。  とはいえ気持ちの整理がつくまでは、想いが中途半端になりそうで連絡できなかった。  二年かかってようやく、あの人の影を感じなくなったところだ。リュウにまた会う時は、彼のことだけを考えていられる自分でありたかった。 「もう待てそうにないから、待つのはやめた。今日はそれを伝えに来たんだ」 「え?」  それはどういう意味だろう。もう待てないから、自分のことは諦めると言うことだろうか。  立ち止まって振り返ると、リュウはまっすぐに自分を見つめている。  なんと答えを返したらいいのか、言葉が見つからない。ただ黙って彼を見つめていると、繋いだ手を引かれた。 「宏武、またあの部屋で一緒に暮らそう」  引き寄せられると、傘と傘がぶつかって、自分の傘がゆるりと地面に落ちる。しかし隙間がないくらいに抱き寄せられて、雨は降り注いではこなかった。  ポツポツと傘に雨粒が落ちる音が聞こえる。  それと共に耳元に、ほんの少し早い温かな心音が聞こえた。これは彼の音か、それとも自分の音が聞こえているのだろうか。 「一緒に暮らす?」 「そうだよ。二人で一緒に暮らそう。これからは一緒にいよう」  首を傾げる自分に、彼は瞳をキラキラと輝かせながら言葉を紡ぐ。まっすぐで淀みのない綺麗な瞳だ。けれど言葉が思うように飲み込めない。

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