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「でも、イチさんには仕事があるもんな」
逸也のこの店への愛情や、同じように、訪れる客たちもトキタ惣菜店を愛していることは、たった一日店に立つだけでよくわかった。いい店だなぁと思う。そしてそんな環境で暮らしている逸也を羨ましくも思った。突然現れた日向を、興味津々でいじってくるおばちゃんたちには閉口したけれど。
「日向ぁ、そこじゃなくて耳の後ろがかゆい」
「おっ、起きてたんですかっ?」
無意識にいじっていた髪から指を抜き、日向は勢いよく立ち上がった。弾みで逸也はソファから転げ落ちる。
「いてぇなぁ。日向の乱暴者」
「イチさんこそ人が悪い。起きてたなら言ってください。頭の重みで膝が折れるかと思った」
「んなわきゃねえだろ。あ、でも日向の細さじゃ膝枕で骨折とかありえるかも」
太ももの下あたりをガシッとつかまれて日向は飛び上がった。
「セクハラも大概にしてくださいっ。俺もう寝ますからっ!」
「あ、そうなの? なんだよ寂しいな」
床に寝転んだまま「おやすみー」と手をふる逸也を無視して、日向は引き戸を思い切り閉めた。
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