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荷造りといってもデイパックひとつ分だけだからあっという間に準備はできてしまい、日向はひと月ちょっとの城だった部屋に丁寧に掃除機をかけた。シンクをきれいに磨きあげた台所も同じように掃除してから、逸也の部屋の前で立ちすくんでしまった。
扉を開ければ逸也の香りがするだろう。狭いベッドで何度ももつれあった。数えきれないほどの甘い言葉で全身を撫でられ、見せたことのない部分がないくらい唇と舌で愛された。逸也の腕のなかはいつだってとろけてしまいそうにあたたかくて、切なくなるほど優しかった。
「イチさん……」
どうにか止めた涙がまた溢れてくる。キリがない。日向は袖口で乱暴に目元を擦ると、逸也の部屋から背を向けた。逸也がいつも寝転んでいたソファー。狭い階段。休憩に使っていた座敷。昼寝用の毛布。調理場。低いシンク。ぜんぶが大切なもの。忘れない。
玄関の鍵を閉めてポストに落とし表に回ってから、シャッターの下ろされたトキタ惣菜店へ日向は深く一礼した。
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