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第21話
柊とジェイクが1階玄関エントランスホールから
出て来たのをフロントミラーで確認し、
運転席からその黒服男は降り立った。
それまで柊とごく普通に話していたジェイクが、
その黒服に気付いた途端、
表情を強張らせたのに、柊も訝し気になる。
「新しいドライバーさん?」
(オレってば、何気に睨みつけられてるけど、
こんな黒服のいかにもヤバそな男に
恨みを買った覚えはない)
「ま、そんなとこ」
黒服は無言でジェイクへ車の後部座席へ乗るよう
顎でしゃくった。
「何だよあいつ、喋れねぇの?」
「意外とシャイなのかも」
(に、したって、いい加減ガン飛ばすの
止めてくれねぇかな。
さすがのオレもだんだん
腹が立ってきた……)
「―― ジェイク様、お早くお乗り下さい」
「おっ ―― 喋った……」
「さ、ジェイク様」
「今日はこちらの彼に送ってもらう、って言っても、
ダメなんだろうね」
「旦那様がお待ちですので」
都村家の使用人達は正親の事は”旦那様”
その父親、つまり都村家第1*代目当主・都村**
の事は ”御前様”と呼ぶ。
従って今回ジェイクを呼んでいるのは父・正親
という事になる。
ジェイクは柊に向き直った。
「じゃ、慎さん、昨夜はすっごく楽しかった」
「今朝も、だったろ?」
柊のそんな思わせぶりな言葉に、
初なジェイクはかぁぁぁっと頬を赤らめた。
柊はあの黒服に聞かれないよう、
ジェイクの耳元へ口を寄せ小声で囁く。
「用事が済んだら帰っておいで、今夜はジェイクの
大好物のおでんにしよう」
「やったぁ。じゃ、なるべく早く帰るね」
「―― ジェイク様」
「分かってるよっ」
「―― 慎さん……」
「ん? なんだ?」
「……あ、いや、何でもない」
一旦車に向かうが、すぐに引き返して
自分から柊に唇を重ね、熱い口付け。
*** *** ***
黒服の男・山下は、運転席に戻りエンジンをかけ、
フロントミラーの中の柊をじっと見据えながら、
車をゆっくり発進させた。
「……あのような事を公衆の往来でなさるのは、
どうかと」
「あのような事って?」
「からかわないで下さい」
「キスは親愛の情を示す最も効果的な
ボディーランゲージだよ」
「行きずりの相手に愛情が湧いたと
おっしゃるんですか?」
「だったら何かマズい?? 」
そう言ってジェイクは、
それ以上の会話は拒否する意思表示で
強張ったままの視線を車窓の外へ向けた。
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「―― 慎さん……」
「ん? なんだ?」
「……あ、いや、何でもない」
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―― あの時俺は、
慎さんに一体何を言おうとしたんだろ?
自身でも ”*番街の種馬” だの
”シカゴいちのモテ男”だのって豪語するくらい
だから、
あっちのテクは噂に違わす物凄く良かったけど。
噂で聞いた1度寝た相手とは2度ヤる事はない
って風な、冷たい感じはちっとも見受けられ
なかった。
だから、彼 ―― 柊慎之介なら、
この状況から俺を抜け出させてくれるかもと
期待したのかも知れない。
そんな可能性、
万に一つだってありっこないのに……。
*** *** ***
山下運転の車は、いかつい門構えの邸宅の敷地内に
入っていき、桜並木の木立を走り抜けて、
その奥へそびえるように建っている
邸宅の玄関前に横付けで停まった。
この邸内には山下の他に数十人の黒服がおり、
邸内外の警備や保守・保全に従事している。
車から降り立ったジェイクは、
山下の『旦那様はリビングでお待ちです』
の声に従い、1階突き当りの角部屋へ向かった。
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