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第22話

  リビングでジェイクを待っていたのは、   当家の主治医・ベネット(Bennett)    ジェイクは彼の顔を見るなりあからさまに   表情を強張らせた。 『今度は何の検査?』 『いえ、本日ジェイク様にわざわざお越し頂いた  のはですね……』   そう言ってベネットが切り出した言葉は   ジェイクにとって今までで一番ショッキングな   事柄だった……。 ***  ***  ***   パァァァ――ッ!!   というクラクションと共に   キキキキキィィ――っというブレーキ音。   ジェイクがゆっくり振り返ると、   目の前に1台のトラックが急停止した。 『バカ野郎っ!! 死にてぇのか?!』   そう言い捨て再び走り去る。   ジェイクはボーっと歩いていた。 =================== 『―― 先日の検査結果のご報告をと思いまして』 『なに、親父にも言えないような結果が出た、とか?』   ジェイクはほんの冗談のつもりで言ったのだが、   それがあながち見当違いでもなかったらしく、   ベネットは額に滲む冷や汗を何度も拭いつつ   言葉を繋げた。 『失礼ですがジェイク様は外遊中、大きな病気で  高熱が長く続いた事は御座いませんでしたか?』 『話しが見えないな。要点をはっきり言ってくれ』 『"無精子症"という病気をご存じですか?』 『無精子……症?』 『閉塞性と非閉塞性の2タイプに分けられ。  閉塞性は、精巣内で精子は作られているものの精子の  通り道が塞がっている状態。非閉塞性は、精巣内で  精子が全くもしくはほとんど作られていない状態です』   ジェイクはただ黙ってベネットを凝視する。 『実は……先日採取させて頂いたジェイク様の精液中に  精子が見当たらなかったのです』 『……つまり?』 『幼少期のうちにも高熱などの症状で無精子症になる  ケースは稀にあるんです。今1度間違いであっては  いけませんので再度検査を受けて頂きたいのと、  まずはご本人にご報告をと思いまして』 『……わかりました。父には俺から告げます。  再検査の必要もありません。あんな事、  2度とごめんだ。失礼します』 『ちょ ―― ジェイク様っ』 ===================   ジェイクは公園のベンチに崩れるように   座り込んだ。 「―― 俺が、無精子症……」   プッと吹き出す。 「どうりでいくら 親父が勧めるご令嬢と  ”ゴムなしエッチ”しても子供が出来ないはずだ」   【お前は男として"使えない男"だと言われた    ようなもんだ】   自分で自分が情けなくて、乾いた笑いが止まらない 「ジェイク様」   声のする方を見ると国枝が駈けて来た。 「いきなり居なくなられて心配しましたよ。  また、正親様と喧嘩でもなさったんですか?」 「も、喧嘩する気も起きなくなった」 「え?」 「俺は、種なしだってさ」 「あ、あの……」 「無精子症、って言うらしい。再検査しろって、  ドクには言われたけど……」   そう言ってジェイクは両手で顔を覆った。   さっきまでの乾いた笑いが押し殺した嗚咽に   変わる。   (全く! ベネットの奴はまだ精神的に未成熟な    子供に何て事をカムアウトするんだ?!) 「……やっぱ、やらなきゃだめなのかな。  俺、もう……」   国枝はジェイクの隣に腰掛けジェイクをそっと   抱き締めた。 「しっかりして下さい。あなたは並大抵の事では  動じない”不動の若獅子”だったハズ」 「……しばらくは、誰とも会いたくない……」 「承知致しました。では、久しぶりに日本へ帰り  ますか」 「……ん、……よっちゃん」 「何ですか」 「……いっつも面倒ばっかりで、ごめんね」 「ふふふ ―― もう慣れました」   日本へ帰国するまでの数日間はダウンタウンで   鍼灸院を営む国枝の姉・美保の元に身を寄せ、   *日後、ジェイクは予定通り日本へ旅立った。 ***  ***  *** 「―― えぇ~~っ、ジェイってば帰っちゃったのかぁ  ……けど、行く前にひと言くらい欲しかったな」   ココは柊のマンションのLDK ――。   夕食後のひととき。   たった今、ジェイクの帰国を国枝から知らされた   大地は大げさに落胆の表情を浮かべた。   ジェイクからのアドバイス通り大地は   大学進学へ向け猛勉強を始め、     中学生生活最後となる今年の夏休みはかねてから   計画していた2人旅にジェイクと行くつもり   だったのだ。 「遊びもいいが、まずはG9に進級だろ」   と、柊。   アメリカの学校では学年のことを   グレード(G)と呼び、   日本の小学校1年~高校3年にあたる12年間が、   G1~12に相当する。   アメリカの義務教育は、   日本の幼稚園年長にあたる歳から始まる。   このグレードをK(kindergarten)と呼び、   グレードK~12が一般的な義務教育期間。   小・中・高12年間の分け方は、   地域によって異なるが、   一般的なのは ――、   G1~5を小学校・G6~8を中学校・   G9~12を高校とする分け方だ。   また、   G1~8は「プライマリー・エデュケーション」   9~12を「セカンダリー・エデュケーション」   高校はハイスクールやセカンダリースクールと   呼びます。   尚、高校4年間は、それぞれ別称があり、   G9を「フレッシュマン」、10を「ソフォモア」、   11を「ジュニア」、12を「シニア」と呼びます  「う” ―― 嫌な事、思い出させないでよ……」   一同が笑いに包まれる。    「でも、随分と急だったわね」   と、史江。 「は?」 「あの子うちの大地とは違って進学校の優等生  で、都村の後継者として背負っている物は  桁違いだったでしょうに……よく、親御さん達が  許したと思ってね」   それは ”ジェイクの帰国”を知った直後、   柊も感じた疑問だったが、ここ数週間、   TSUMURAの本社内で囁かれている噂を   耳にし、いよいよ会長がヨシュア擁立へ向け   本格的に動き出したんだと、悟った。 「でもお父さん、僕がG9に上がったら、ジェイクの  所へ遊びに行ってもいいでしょー?」 「あぁ ”進級できたら”な」   ”僕、めっちゃ頑張る!” と、細っこい腕に   力こぶを作り、自室へ引っ込んでいく大地。   兎にも角にも、   問題の進級試験まであと3週間……。

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