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第209話 休息 9-4

 あまり彼には知られたくないことばかりだ。困惑したまま明良を見返すと、ゆるりと口角が持ち上がり、彼の中で気持ちの整理がついたのがわかる。こちらを見る視線から険が削がれた。 「お前を見た時の俺の動揺を思い知れ。どう誤魔化すか、めちゃくちゃ焦ったんだぜ」 「それはお互い様です」  目を細めた明良にため息交じりで肩をすくめる。  このリビングに足を踏み入れた瞬間、目に留まったのは明良の姿だった。そして彼は人の顔を見るなり目を見開き、不自然なほど固まった。 「それにしても、佐樹の彼氏がよりによってユウかよ。世の中狭いな」 「ですね」  まさか想い人の親友が、振り返ることもない過去の登場人物だとは夢にも思わない。  明良とは顔を合わせれば挨拶を交わし話す程度の知り合いではあったが、あの小さな空間の中では大抵の客は片手ほど会えば顔が知れた。ただし明良の場合は、店でも一際派手な素行だったので、一度会うだけで十分かもしれなかったが。 「しかもあいつはお前にベタ惚れだしな。みのりの時よりもマジだな佐樹のやつ」 「みのり?」 「あ、ああ……佐樹の、最期の彼女」  聞き覚えのない名前に首を傾げると、明良は一瞬顔を強ばらせた。そしてほんの少し口ごもりながら首の後ろを掻くような仕草をする。あまり俺には言いたくないことだったのかもしれない。ほんの少し後悔したような表情が浮かんでいた。 「あとで気づいてショックを受けられても困るから、先に言っとくけどな。いまのお前……みのりに少し雰囲気が似てるよ」  ふいに視線をそらして煙を吐き出した明良の仕草に、胸の辺りにズキズキとした痛みをともない息が詰まる。あの人の最期の彼女というだけでも胸がざわめくと言うのに、なんだかトドメを刺されたような気分になった。

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