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第626話 夏日 13-4

 鳴り続ける時計に腕を伸ばして、急いでそれを止めた。そして驚きで早まった心音を落ち着かせるように息を吐く。 「佐樹さん?」  しばらく時計に手を置いたまま俯いていると、微かに戸を引く音が聞こえ、僕の名を呼ぶ声が耳に届いた。その声に振り向いた僕はゆっくりと近づいてきた藤堂の姿を見てほっと息をつく。じっと見つめる僕の視線に微笑みながら、藤堂はベッドの端に腰かけ僕の髪を梳いて撫でた。 「おはようございます」 「あ、うん。おはよう」  いつもと変わらない優しいその指先と笑顔に胸がとくんと脈打つ。こちらを見つめる眼差しをじっと見つめ返すと、ふいに藤堂の唇が僕のそれに重なった。それはほんの一瞬、触れるだけのものだけだったけれど、充分過ぎるほど心を満たしていく。 「今日も佐樹さんは出勤?」 「あ、ああ」 「じゃあ、佐樹さんが家を出る時に俺も出ますね。朝ご飯用意したので着替えたら来てください」  そう言ってまた僕の髪を撫でると、藤堂はリビングへと戻っていった。その背中をしばらく見つめてから、ふと僕は自分がなにも着ていないことに気がつく。そしてそれはすぐに昨夜のことを思い出させる。  藤堂の眼差しや唇、指先、深く身体を繋いだ感触。それらが鮮明に思い出され、気恥ずかしくて火がついたかのように顔が熱くなった。けれど胸もとに残されたいくつもの紅い痕を指先でなぞると、胸がきゅっと締めつけられる。そのくすぐったい気持ちに思わず頬が緩んだ。  いまは躊躇いや不安は欠片も心に残されていない。触れ合えたことがたまらなく幸せで、それは充足感を心に与える。また少し藤堂との心の距離が近くなったような、そんな気分にもさせられた。

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