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桜の記憶 3

「佐樹さんはこれから忙しくなるから、あまりゆっくりできないですよね。だから少し充電させてください」 「……うん。優哉も毎日ご苦労様。店が順調でよかったな」 「はい、おかげさまで。スタッフを路頭に迷わせなくて済んでます」  少人数で回している優哉の店は開店から評判がよくてずっと忙しい。何度も店に食事をしに行ったことがあるけれど、みんなすごく生き生きと仕事をしていた。その顔を見ているだけで僕は自分のことのように嬉しいと感じる。 「なあ、優哉」 「なんですか?」 「来年もまたこうして花見をしよう」 「いいですね。春は、俺たちのはじまりの日だから、桜を見るたびに告白をした日を思い出します」 「うん、僕も」  あの日、優哉が好きだと言ってくれなければ、いまの僕たちはなかった。それを思うと本当に特別な季節だ。あの時はもう葉桜だったけれど、季節がこうして巡ってくるたびに思い出す。まっすぐな優哉の眼差しと真剣な声。  あの瞬間から、僕の止まっていた心は動き始めた。 「優哉、ウトウトしてる?」 「ちょっと、だけ」 「いいよ。昨日も忙しかったんだろ。朝早くからありがとうな。起きたら弁当食べよう」  春の陽気に誘われる優哉のまぶたが重たげに瞬きをする。それに小さく笑ってあやすみたいに髪をすくって撫でた。するとそっと伸ばされた優哉の手が僕の空いた手を握る。指を絡ませてぎゅっと強く握れば、優哉はゆっくりとまぶたを閉じて口を綻ばせた。  桜色に染まる――それは僕たちのはじまりの記憶。いつまで経ってもそれはきっと色褪せない。  桜色の記憶/end

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