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第15話
*
俺は本来、授業を真面目に受ける方だけど、今日ばかりは例外だった。
もう昼になるのに、今日習ったことは一つも覚えていない。
それもそのはず。
『俺達、家族になろう』
その後に続いた言葉は『一緒に暮らそう』で。つまりそれは、そのままの意味で。でも先生は強制するつもりはないようで、今日の放課後に返事をすることになった。
答えはもちろん、いいえ。
今まで他人だと思ってた人にこれ以上迷惑かけたくない。
きっと先生は同情して言ってくれたに違いないから。だから俺からちゃんと断らなきゃ。
(‥‥‥そう思うのに)
先生の優しさから抜けられない。
誰かにあんなに気にかけてもらったのは初めてのことだった。
眠るときの『おやすみ』
起きたときの『おはよう』
出掛けるときの『行ってらっしゃい』と『行ってきます』
先生がかけてくれた言葉があまりにも懐かしくて、涙が出そうなほど嬉しかった。
先生の手の温度はとても落ち着いて、声はとても安心する。
それこそ、ずっと一緒にいたいくらいに。
「はぁ、どうしよ‥‥‥」
「何が?」
「‥‥‥!?」
独り言に返事が返ってきて、思わず身を引く。椅子から見上げた先には、いつもの元気な彼がいた。
「山田、君‥‥‥」
「よっ!望月、今日は購買行かんの?」
「え‥‥‥」
(何でいつも俺が購買行ってるの知ってるんだろう)
そう不思議に思ったけど、すぐに思い直す。
クラスメートの昼食事情なんて少し教室内を見回せば分かること。それなのに、自意識過剰になってしまった自分が恥ずかしい。
「えと‥‥‥今日は、お弁当だから」
羞恥心を紛らわすように、鞄からお弁当箱を取り出して机の上に置く。
お弁当、と言っても家にあったタッパーだけど。なんと先生は昼食まで作ってくれて、家を出るときに持たされたのだ。
「まじ!?いいなぁ!」
(うん。すごく嬉しい‥‥‥)
心の中でそう思うも、すぐに次の光景に目を疑った。
なぜなら、山田君が当然のように前の席の椅子に跨って、コンビニ弁当を広げ出したからだ。
(え、こ、ここで‥‥‥!?)
なんの変哲もないお昼休みの光景のように見えるけど、これはとってもおかしな状況。
人気者の山田君のことだから、きっといつもは別の人と食べているはず。それなのに、いきなり俺と食べるのはどう考えても変だと思う。
「あの、山田君‥‥‥?」
意を決して話しかけると、割り箸を持った山田君が首を傾げる。
「ん?」
「えっと‥‥‥俺と食べていいの?」
「もちろん!」
「でも‥‥‥」
はっきり言えない俺のせいで、俺たちの間には微妙な空気が流れた。しばらくして、はっと何かを察した山田君が苦笑を漏らす。
「あ、もしかして迷惑?わりっ、俺自分のことばっか考えてた!」
「そ、そんなことないけど‥‥‥むしろ、俺の方が迷惑じゃないかなって」
「何で?俺は望月と食べたくて来たのに」
「え?」
「俺さ、ずっと望月と仲良くしたかったんだ。でも望月、いつもすぐにどっか行っちゃうだろ?だから、今日は一緒に食べてくれると嬉しい」
そう言ってニカッと笑う山田君はキラキラしてて、やっぱり自分とは別世界の人だとつくづく思った。
‥‥‥なんて、本当はただの卑屈な考えだって分かってる。だけど、どうしても自分と人を比べてしまうんだ。
俺はこの人たちとは違う。中心じゃなくて隅っこが似合ってる人間だから。
(だから、こんな俺が先生と一緒に暮らすなんて‥‥‥)
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