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第35話

何を話せば良いのか分からず無口になってしまった俺に、先生が「そうだ」と気を取り直すように声を出した。 「明日部活ないから、午前中だけ学校に顔出して帰ってくる。その後、買い物行こう」 「はい」 朝言ってたように、明日はお弁当箱を買いに行く。 土曜なのに仕事があるなんて、社会人は忙しい。そんななか、わざわざ俺のために買いに行くなんて申し訳ない気もするけど、一緒にお買い物というのは素直に嬉しかった。 (そういえば先生って何部なんだろう……) 担任が顧問をしている部活を知らないなんて失礼だけど、今聞かないとさらにタイミングを逃してしまう気がして、次々と箸を進める先生に恐る恐る声をかける。 「あの……」 「ん?」 「先生って、何部の顧問なんですか?」 「ああ、茶道部だよ」 「茶道部?」 先生は背が高くてシュッとした身体つきだから、てっきり運動部だと思っていた。 「うん。母さんが茶道の師範をやってる影響で、俺もいくつか資格持ってるから。うちの学校、他にそういう先生いないし」 「すごい……」 自分には縁のないその世界がとっても素敵に思えて感嘆を漏らせば、なぜか先生は苦笑いを見せた。 「そんなことないよ。茶道部って緩いところ多いし、週三回の活動で土日祝日は必ず休み。まあ、おかげでそんなに忙しくないんだけどな」 その笑いにどんな意味が込められているのか、未熟な俺には分からない。けど、何だか先生が無理しているようにも見えて。 「今が……あんまり忙しくないなら……」 「ん?」 口下手だから上手く言えないかもしれない。けど、それを言い訳にして、何も言わないのは駄目だ。 先生の本当の笑顔はもっとキラキラで格好良いから、そんな悲しい顔はしないで欲しい。 箸を握った手にぎゅっと力を込めて、先生の目を見つめる。 「それはきっと、先生が今まで資格を取るために頑張ってきたから……だから、今まで頑張った分の貯金のおかげ、ですね」 「心……」 よく分からないことを言ってしまい、今さら後悔が募る。俺なんかが生意気言って先生は嫌な気持ちになっただろうか。 「せん、せい……?」 驚いたように俺を見つめる先生に耐えきれず、思わず呼びかけてしまった。俺の声にハッとした様子に先生は、口元を手で隠した。 「いや、うん。……ありがとな、心」 少し照れたようなその顔は、多分嫌がってはいなくて。迷惑でもなかったみたい。 (少しでも、力になれたかな……) 安心した俺は食事を再開する。先生は何度も美味しい美味しいと言いながら食べてくれて、すごく嬉しかった。

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