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第51話

* 午後。 まだ少し気まずいながらも、予定通り一旦仕事に行って帰ってきた先生と、少し離れたところにあるショッピングモールへと買い物に向かうことになった。 数日前にも乗った薄いブルーの軽自動車に乗り込む。初めて乗った助手席は、なんだか照れ臭くて落ち着かなかった。そんななか、俺はシートベルトを締めながら、先生の方をチラリと窺う。 (すごく、かっこいい……) 思わず見惚れてしまうほどに、私服姿の先生はキラキラしてた。 今日の先生は学校でのスーツとは違い、黒色のシャツにジーンズというラフな格好だ。誰でも出来る簡単なコーディネートなのに、スタイルが良い先生が着るとすごくオシャレに見える。 ちなみに俺はゆったりとした薄手のトレーナーに七部丈のパンツ。先生の隣にいたら見劣りしてしまうけど、自分の服の中で一番良いものを選んだつもり。 「じゃあ行くか」 「は、はい」 こっちを見た先生と目が合っただけで胸が高鳴って、慌てて前を向く。でもやっぱり、まだ見てたくて。視線だけをハンドルの方へ向けた。 (先生の手、やっぱり綺麗だな……) ハンドルを握る手は、大きくて男の人らしくて、でも指はスラッとして綺麗で、浮き出てる血管が色っぽい。ずっと見ていても飽きないくらいだ。 そんな先生の手をこっそり眺めながら10分ほど走ったところで、ふとあることを思い出した。 「あの、先生」 「ん?」 「買い物の前に、ATMに寄って良いですか?」 「ATM?どうして?」 「手持ちが少なくて……」 お弁当箱を買うくらいのお金は持ってるけど、布団は流石に買えなないと思う。あらかじめ貯金を下ろしておけば良かったのだけど、昨日今日で色々ありすぎて、失念していた。 「んー……」 「先生……?」 謎の間の後に、先生が漏らしたのは苦笑だった。 「……もしかして、自分で払おうとしてる?」 「……?もちろん、です」 自分が使うものなのだからそれが当然だと思ったけど、どうやら先生は違ったらしい。 「うーん。まあ心らしいけど、それは駄目かな」 「えっ 、でも……」 「俺が買うから大丈夫」 「そんなっ……だって、俺が使うものなのに」 「それはそうだけど、生徒にお金出させる訳にはいかないだろ?それに、心はもっと俺に甘えて良いんだよ」 「……で、でも、俺バイトだってしてるし……ただでさえ負担かけてるから……」 家賃とか生活費とか。この車のガソリン代だって。数えたらきりがないくらい負担をかけてる。だからもっと甘えるなんて、とてもじゃないけど出来ない。 頑なに納得しない俺に、先生は困ったように笑った。 「うーん……お金のこともそうだけど、もっと根本的な問題かな」 「……根本的?」 「困ったなら困ったって言えば良いし、頼みごとがあるなら遠慮なく言えば良い。その方が俺も嬉しい」 「迷惑かけてるのに、ですか?」 「迷惑じゃなくて、頼ってもらえて嬉しいってこと」 そういうものなのだろうか。 先生の顔は優しく微笑んでいて、その言葉は嘘じゃないと分かる。だけど、誰かに手間をかけるたびに罪悪感が募っていく感覚が苦手で、やっぱり甘えるのは性に合わない。 (でも……) 先生が「嬉しい」って言ってくれるのなら、少しくらいは頑張ってみたい。先生に喜んでもらえるのは、俺も嬉しいから。 だから今日は、先生に甘えてみることにした。 「ありがと、ございます……」

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