56 / 242
第56話
(も、もっちー……?ドッキング?)
呼び名やら漫画の題名やら、ツッコミどころはたくさんあるけれど、ツッコミを出来るような勇気は持っていなくて、とりあえず首を横に振った。
「そうか……なら致し方ない。そんな君にこれを見せてあげよう」
松野君が「ババーン」と自分で効果音をつけて、どこからか取り出した一冊のコミックを掲げる。男女が顔を寄せ合っている絵が描かれた表紙には、もちろん『あいつと私はドッキングA判定♡』と書かれていた。
「まずは16ページ」
ペラッとページをめくった松野君は、音読を開始するべくして大きな口を開ける。
「『もう!どうしてあいつなんかのことを目で追っちゃうの?』」
(目で、追っちゃう……)
「そして25ページ。『トゥンク♡こ、この胸の高鳴りは……もしかして、恋!?』」
(む、胸の高鳴り……)
「そして、50ページ!『あいつの顔を見るだけで、涙が出そう!もうあいつなしでは生きていけない……!』」
(涙……)
「さて、もっちー。身に覚えがあるんじゃない?」
パタンと本を閉じた松野君が、ニヤリとこちらを見る。
そんな松野君に、身に覚えがあった俺はほぼ無意識に首を縦に振っていた。すると、松野君は満足げに頷いて見せた。
「なら、もっちーは絶賛恋愛中なのだよ」
「嬉しいのに、胸がチクチクするのも……?」
「そうだよ」
「もっと一緒に居たいって思うのも?」
「もちろんさ」
恋ってそういう気持ちになるものだったなんて、初めて知った。少し疑いはまだ残っているけど、松野君の話は妙に説得力がある。
(そうだとしたら……俺、先生に──)
「ああもう!!松野、うっさ━━い!!」
「……!?」
「わぉ」
突然覚醒した山田君が松野君を押しやった。そして俺の手を取ってグイッと顔を近づけてくる。
「なあ望月!その相手って誰!?」
「えっ、や、山田君?」
「学校のやつ!?」
山田君があまり切羽詰まった形相をしているものだから、本当は言うべきでないのに、つい勝手に口が動いてしまう。
「う、うん……」
「な!まじで!?」
「や、でも……まだ恋かは、分かんないんだけど……えと……でも、親しくなったのは最近で……」
「……え」
「俺に何度も声かけてくれて……」
(うぅ……なんか、はずかしい)
恋かもって思い始めたら、とことん照れ臭くなって、顔が熱くなっているのを感じる。そして、それが移ってしまったのか、山田君も顔を赤くしていた。
「も、ももも望月……それって……」
ぎゅうっと山田君の手の力が強まる。
「それって……お、おお……」
(お……?)
「おお、おれ──ぐえっ」
急に山田君が机に突っ伏した。正しくは、押し潰された、だけど。
「そうだ、山田に用事があったんだった」
そんなことをするのはもちろん松野君しかいない。そのシラっとした言い方は多分、さっき押し退けられた仕返しなんだと思う。
「一週間後にテストあるでしょ?だから勉強会しようって」
「ぐ……わ、分かったから、離れて……」
ご満悦の表情を浮かべた松野君が山田君から離れる。「じゃあ戻るわー」とこの場を去ろうとする松野君をとっさに呼び止めた。
「あ、あの!松野君!」
「ん?なんだい、もっちー」
「その本って……」
どこに売ってるの?そう聞こうとしたら、松野君は寂しそうに笑った。
「ああ……絶版だよ。残念ながらね、全然売れなかったんだ」
(有名じゃなかったんだ……)
ともだちにシェアしよう!