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第56話

(も、もっちー……?ドッキング?) 呼び名やら漫画の題名やら、ツッコミどころはたくさんあるけれど、ツッコミを出来るような勇気は持っていなくて、とりあえず首を横に振った。 「そうか……なら致し方ない。そんな君にこれを見せてあげよう」 松野君が「ババーン」と自分で効果音をつけて、どこからか取り出した一冊のコミックを掲げる。男女が顔を寄せ合っている絵が描かれた表紙には、もちろん『あいつと私はドッキングA判定♡』と書かれていた。 「まずは16ページ」 ペラッとページをめくった松野君は、音読を開始するべくして大きな口を開ける。 「『もう!どうしてあいつなんかのことを目で追っちゃうの?』」 (目で、追っちゃう……) 「そして25ページ。『トゥンク♡こ、この胸の高鳴りは……もしかして、恋!?』」 (む、胸の高鳴り……) 「そして、50ページ!『あいつの顔を見るだけで、涙が出そう!もうあいつなしでは生きていけない……!』」 (涙……) 「さて、もっちー。身に覚えがあるんじゃない?」 パタンと本を閉じた松野君が、ニヤリとこちらを見る。 そんな松野君に、身に覚えがあった俺はほぼ無意識に首を縦に振っていた。すると、松野君は満足げに頷いて見せた。 「なら、もっちーは絶賛恋愛中なのだよ」 「嬉しいのに、胸がチクチクするのも……?」 「そうだよ」 「もっと一緒に居たいって思うのも?」 「もちろんさ」 恋ってそういう気持ちになるものだったなんて、初めて知った。少し疑いはまだ残っているけど、松野君の話は妙に説得力がある。 (そうだとしたら……俺、先生に──) 「ああもう!!松野、うっさ━━い!!」 「……!?」 「わぉ」 突然覚醒した山田君が松野君を押しやった。そして俺の手を取ってグイッと顔を近づけてくる。 「なあ望月!その相手って誰!?」 「えっ、や、山田君?」 「学校のやつ!?」 山田君があまり切羽詰まった形相をしているものだから、本当は言うべきでないのに、つい勝手に口が動いてしまう。 「う、うん……」 「な!まじで!?」 「や、でも……まだ恋かは、分かんないんだけど……えと……でも、親しくなったのは最近で……」 「……え」 「俺に何度も声かけてくれて……」 (うぅ……なんか、はずかしい) 恋かもって思い始めたら、とことん照れ臭くなって、顔が熱くなっているのを感じる。そして、それが移ってしまったのか、山田君も顔を赤くしていた。 「も、ももも望月……それって……」 ぎゅうっと山田君の手の力が強まる。 「それって……お、おお……」 (お……?) 「おお、おれ──ぐえっ」 急に山田君が机に突っ伏した。正しくは、押し潰された、だけど。 「そうだ、山田に用事があったんだった」 そんなことをするのはもちろん松野君しかいない。そのシラっとした言い方は多分、さっき押し退けられた仕返しなんだと思う。 「一週間後にテストあるでしょ?だから勉強会しようって」 「ぐ……わ、分かったから、離れて……」 ご満悦の表情を浮かべた松野君が山田君から離れる。「じゃあ戻るわー」とこの場を去ろうとする松野君をとっさに呼び止めた。 「あ、あの!松野君!」 「ん?なんだい、もっちー」 「その本って……」 どこに売ってるの?そう聞こうとしたら、松野君は寂しそうに笑った。 「ああ……絶版だよ。残念ながらね、全然売れなかったんだ」 (有名じゃなかったんだ……)

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