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第59話
*
「あの、戸塚君っ」
バイトが終わり、着替えて早々に帰ろうとする戸塚君を呼び止めると、戸塚君は怠そうにしながらも振り返ってくれた。
「……なに」
「これ、ありがとう」
「……ああ」
土曜日に貸してもらったパーカーを差し出す。戸塚君はそれを受け取って、乱雑にリュックに放り込んだ。
「それと……」
「まだなんかあるわけ?」
「さっきはごめんね」
勢いよく頭を下げて謝る。
「あ?」
「俺、お会計忘れるところだったから……」
戸塚君が怒ってるのは多分そのこと。不注意のせいで絡まれた挙句、会計もまともに出来ないのかって怒ってるんだと思う。
自分の足先を見つめながら、罵倒されることを覚悟したけど、戸塚君はただ呆れた風にため息を漏らすだけだった。
「はぁ……マジで、アホ望月」
「……?」
頭をあげると、頭をガシガシとかいた戸塚君が俺の腕を取った。さっきお客さんに掴まれた方の腕を。
「……さっき、何で奥まで聞こえるように声出さねえんだよ」
「え……」
「そしたらすぐ助けてやれたのに」
あいつなんかより、と戸塚君は言葉を付け加えた。
(もしかして、そのことを怒ってるの……?)
「ご、ごめんなさい。自分でなんとかしなきゃって……」
「チッ、出来ねえこと言ってんなよ」
乱暴に俺の腕を放す戸塚君。でも、すごく手加減をしてくれているんだって、俺は知ってる。さっきのお客さんに向けた蹴りは、こんなものじゃなかった。
「戸塚君は……親切だよね」
なんでこんな俺なんかを、いつも気に掛けてくれるんだろう。
戸塚君みたいな人は、俺のことイライラすると思うし、現にイライラされている自覚もある。けど、結局はいつも助けてくれる。
「……先に親切だったのはそっちだろうが」
「え?」
(俺が、先に……?)
全く身に覚えがない。だから、「何が?」と聞こうとしたけれど、その前に戸塚君からデコピンを受けた。
「いた……戸塚君?」
「いいから早く帰れば。センセイが待ってんだろ」
この話は終わりだと言わんばかりに、更衣室を後にしようとする戸塚君。その背中に向かって、俺は慌ててもう一度頭を下げた。
「あ、ありがとうっ、戸塚君」
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