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第60話

御坂さんは直帰するって言ってたから、尾上さんがお店の戸締まりをするはず。だから、尾上さんに挨拶してから帰ろうとしたけど、厨房に尾上さんの姿はなかった。電気は付けたままだし、着替えた様子もない。 (タバコかな……) そのまま帰れるように鞄を持って裏口から外に出てみたら、意外な光景が目に入った。親しそうに談笑する先生と尾上さんがいたのだ。 (知り合い……?) 首を傾げる俺に気付いた先生が、「お疲れ」と手を振ってくれる。それに続いて、尾上さんも俺の方を見た。 「望月君、お疲れ様」 「お疲れ様です。あの……二人って……」 先生の横に移動しながら尋ねる俺に、先生が微笑みかける。 「尾上先輩、大学の先輩だったんだ」 「まさか望月君の従兄弟が、広だったなんて」 「こっちこそ、心のバイト先に先輩がいるなんてビックリですよ」 (大学の、先輩……) まさかこの二人も同じ大学だったなんて、世間は意外と狭い。 笑い合う二人はとても仲が良さそうだ。それは良いことなのに、尾上さんが大学時代の先生を知ってるんだと思うと、胸がチクリとした。 (何で……?) よく分からない痛みに胸を押さえる。 知り合い同士が仲良いのは嬉しいことのはずなのに、こんな風にモヤっとするなんて、自分の性格が嫌になる。 一人で自己嫌悪に陥っていると、どういう訳か尾上さんがバツが悪そうに笑った。 「さっき戸塚に怒られたよ。店任されてんなら、ちゃんと見張っとけって。気付いてあげれなくてごめんね」 「い、いえっ。対処出来なかった俺が悪いんですっ。それに……先生が助けてくれたので……」 慌てて否定して、ちら、と先生を見ると、目が合った先生が優しく微笑みながら俺の頭に手を置いた。 頭を撫でられただけで、さっきまでの嫌な感情が嘘みたいに消えて無くなる。単純にも、思わず頬が緩みそうになったけど、尾上さんの手前、必死で堪えた。だけど……。 「へえ。望月君、広の前だとそんな顔するんだ」 「へっ!?」 (隠せてなかった……!?) 「い、いえっ……こ、これは、そのっ……」 ぽっぺを手で隠して取り繕うも、尾上さんはニヤニヤしたまま。 (恥ずかしい……っ) 「尾上さん、あんまり心に意地悪しないでくださいよ」 「はは、ごめんね」 「い、いえ……」 「じゃあ、そろそろ失礼しますね」 「そうだね。もう良い時間か」 先生が助け舟を出してくれて、尾上さんのニヤニヤが収まり、今度はいつもみたいなお兄さんみたいな表情で、手を振ってくれた。 「バイバイ、望月君」 「失礼します。さようなら」 尾上さんに向かってお辞儀をして、車を停めてあるパーキングに向けて、先生と歩き出す。 「まあ、広の顔も新鮮だったけどね」 尾上さんがボソッとそんな言葉を呟いたなんて知らずに、俺はただ先生と一緒に帰れることに浮かれるだけだった。

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