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第61話

* 作ってあったおかずをレンジで温めて、簡単に夕食を済ませた。 先生がお風呂に入っている間に、リビングのテーブルに勉強道具を並べて、ソファに座りながら、問題集とにらめっこ。 「来週からテスト始まるなぁ。そろそろ問題作らないと」 分からない問題に夢中になっていたら、いつのまにかお風呂から上がった先生が近くまで来ていて、ソファの後ろから問題集を覗き込んできた。 (わっ……) ふわりと香る石鹸の匂いに、胸がドキドキする。少し濡れた髪と湿った肌、それに加えて、朝と夜にだけお目にかかれる黒い眼鏡の組み合わせが、すごく色っぽくて、お風呂上がりの先生の破壊力は凄まじかった。 目眩がしそうなほどドキドキしてる俺とは対照的に、先生は爽やかに微笑んで隣に座る。二人でゆっくり出来るようにと買ったソファ。その目的通り、買った日以来、隣で肩を並べてテレビを見たり、お話をしたり、とっても楽しい時間を過ごしてる。 (でも、これからテストの準備で忙しくなるよね……) 今まで通りにゆっくり出来なくなることが、寂しい。だけど、こんな贅沢な悩みを持てることを嬉しくも思う。 「分からないとこあったら、聞いてな。化学以外でも数学とかなら教えれるから」 そう言ってもらえたけど、先生も持ち帰った仕事があるのに、俺に時間を割いてもらうのは抵抗がある。 (……でも、もう少しだけ、一緒にいたい) 俺がリビングを占領しちゃうせいで、先生は仕事するときは寝室に行ってしまう。テスト週間ともなれば、俺は職員室と同様に寝室にも入室禁止だ。だから、一緒にれるのはこの時間だけ。 (甘えても、いいかな……) 俺は勇気を出して、分からなかった数学の問題を指差す。 「じゃあ、あの……ここ、なんですけど……」 「ああ、ここは……」 先生が「借りるよ」と言って俺のシャーペンを手に取る。俺が普段使ってるものを、先生が使ってる。それだけでそわそわして落ち着かない。 (これが、恋するってことなんだ……) 実を言うと、先生に対する感情は、想いを自覚する前とあまり変わらない。思えば俺は、好きだと思う前から先生に対してドキドキしてたのだから。 だけど、恋だと思うだけで、なんだか特別な感じがする。意識すればするほど想いが高まっていく、相手への愛おしい気持ち。 (初めての気持ち……叶わなくても大事にしたい……) 「分かった?」 「……ん」 「心?」 「え……あっ」 いつのまにか説明が終わってて、先生が苦笑して俺のことを見ていた。 「はは。難しいかった?」 「……ご、ごめんなさい」 先生は怒った様子もなく「じゃあもう一回な」と教えてくれる。どれだけ優しいのかと恐縮しながら、今度はちゃんと真面目に聞いた。 授業でも思っていることだけど、先生の教え方はすごく分かりやすい。専門の科目でなくてもこんなに上手く教えられるなんて、先生は教師が天職だと思う。 「すごい……」 「なんか、嬉しいな」 「だって、本当に分かりやすくて……すごいです」 「ん?ああ、いや。それも嬉しいけど」 「……?」 「甘えてくれたのかなって」 「あ……」 図星を突かれたのが恥ずかしくなって、下に俯く。そんな俺の頭に、先生の手が乗って、ゆっくりと髪を梳かれた。それがすごく心地良い。ずっとこうしていたい。 でもこんな幸せな時間が永遠に続くわけがない。先生に「他には?」って聞かれて、首を横に振ると、お別れの時間。先生は最後に頭をポンポンとして、ソファから立ち上がった。 「じゃあ、俺も仕事してくるな。勉強頑張って」 「はい。先生も……頑張ってください」 「ん。ありがと。じゃあ、また明日な。おやすみ」 「おやすみなさい」 寝室へと向かう先生。寂しいけど、また明日「おはよう」って会えるから、今日は我慢。 (俺もお風呂入ってから、もうひと頑張りしよう)

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