61 / 242
第61話
*
作ってあったおかずをレンジで温めて、簡単に夕食を済ませた。
先生がお風呂に入っている間に、リビングのテーブルに勉強道具を並べて、ソファに座りながら、問題集とにらめっこ。
「来週からテスト始まるなぁ。そろそろ問題作らないと」
分からない問題に夢中になっていたら、いつのまにかお風呂から上がった先生が近くまで来ていて、ソファの後ろから問題集を覗き込んできた。
(わっ……)
ふわりと香る石鹸の匂いに、胸がドキドキする。少し濡れた髪と湿った肌、それに加えて、朝と夜にだけお目にかかれる黒い眼鏡の組み合わせが、すごく色っぽくて、お風呂上がりの先生の破壊力は凄まじかった。
目眩がしそうなほどドキドキしてる俺とは対照的に、先生は爽やかに微笑んで隣に座る。二人でゆっくり出来るようにと買ったソファ。その目的通り、買った日以来、隣で肩を並べてテレビを見たり、お話をしたり、とっても楽しい時間を過ごしてる。
(でも、これからテストの準備で忙しくなるよね……)
今まで通りにゆっくり出来なくなることが、寂しい。だけど、こんな贅沢な悩みを持てることを嬉しくも思う。
「分からないとこあったら、聞いてな。化学以外でも数学とかなら教えれるから」
そう言ってもらえたけど、先生も持ち帰った仕事があるのに、俺に時間を割いてもらうのは抵抗がある。
(……でも、もう少しだけ、一緒にいたい)
俺がリビングを占領しちゃうせいで、先生は仕事するときは寝室に行ってしまう。テスト週間ともなれば、俺は職員室と同様に寝室にも入室禁止だ。だから、一緒にれるのはこの時間だけ。
(甘えても、いいかな……)
俺は勇気を出して、分からなかった数学の問題を指差す。
「じゃあ、あの……ここ、なんですけど……」
「ああ、ここは……」
先生が「借りるよ」と言って俺のシャーペンを手に取る。俺が普段使ってるものを、先生が使ってる。それだけでそわそわして落ち着かない。
(これが、恋するってことなんだ……)
実を言うと、先生に対する感情は、想いを自覚する前とあまり変わらない。思えば俺は、好きだと思う前から先生に対してドキドキしてたのだから。
だけど、恋だと思うだけで、なんだか特別な感じがする。意識すればするほど想いが高まっていく、相手への愛おしい気持ち。
(初めての気持ち……叶わなくても大事にしたい……)
「分かった?」
「……ん」
「心?」
「え……あっ」
いつのまにか説明が終わってて、先生が苦笑して俺のことを見ていた。
「はは。難しいかった?」
「……ご、ごめんなさい」
先生は怒った様子もなく「じゃあもう一回な」と教えてくれる。どれだけ優しいのかと恐縮しながら、今度はちゃんと真面目に聞いた。
授業でも思っていることだけど、先生の教え方はすごく分かりやすい。専門の科目でなくてもこんなに上手く教えられるなんて、先生は教師が天職だと思う。
「すごい……」
「なんか、嬉しいな」
「だって、本当に分かりやすくて……すごいです」
「ん?ああ、いや。それも嬉しいけど」
「……?」
「甘えてくれたのかなって」
「あ……」
図星を突かれたのが恥ずかしくなって、下に俯く。そんな俺の頭に、先生の手が乗って、ゆっくりと髪を梳かれた。それがすごく心地良い。ずっとこうしていたい。
でもこんな幸せな時間が永遠に続くわけがない。先生に「他には?」って聞かれて、首を横に振ると、お別れの時間。先生は最後に頭をポンポンとして、ソファから立ち上がった。
「じゃあ、俺も仕事してくるな。勉強頑張って」
「はい。先生も……頑張ってください」
「ん。ありがと。じゃあ、また明日な。おやすみ」
「おやすみなさい」
寝室へと向かう先生。寂しいけど、また明日「おはよう」って会えるから、今日は我慢。
(俺もお風呂入ってから、もうひと頑張りしよう)
ともだちにシェアしよう!