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第86話

薄いブルーの軽自動車を見た瞬間、俺は思わず立ち止まる。 (え……) 「望月?」 戸塚君が怪訝そうな声で俺を呼んだけど、それでも足は動かない。 (なん、で……) 「心っ」 運転席から出てきたのは想像通りの人。今日も学校で会った。いやでも目で追ってしまうけど、なるべく見ないようにして避けてきた──俺の大事な人。 「先生……何で……」 状況が理解できない俺の手を、先生の手が包み込む。俺より冷たくて、だけどほっとする先生の体温。今はそれが、酷く辛い。 「心、帰ろう」 「え……」 「全部聞いた。心がいなくなることないんだよ」 (何で……?) 全部って何?誰に聞いたの?俺は邪魔者なのに、どうして迎えに来るの?俺がいたら先生は幸せになれないのに、どうして? 先生に手を掴まれながら立ち尽くす俺を、引き寄せたのは戸塚君で。 「おい、良い加減なこと言ってんじゃねえよ」 「と、戸塚君っ」 「……っ。君は、あの時の」 戸塚君の腕に抱かれ、先生の手が離れた。悲しいと思っても、もう遅い。その手は俺から離したのだから。離れるって決めた。俺が先生を突き放したんだ。 「あんた、こいつを何回泣かせれば気が済む?次泣かせたら訴えるって言ったよな?」 「……もう泣かせない。心。俺は心と一緒に──」 「い、嫌です」 気付けば俺は、ハッキリとそう口にしていた。 「心……」 お願い。 お願いだから、これ以上夢を見させないで。 今は一緒にいてくれるって言っても、この先は?先生が一生添い遂げたいって思う人と出会ったら?ただの従兄弟である俺より、その人を選ぶに決まってる。それが普通なのだから。 そんなの俺は耐えられない。今じゃなきゃ、きっともっと先生を好きになって、離れられなくなる。 だって、今でさえ、こんなに胸が苦しい。 そしたら俺は先生の幸せを望めないような、嫌な人間になってしまう。そんなのは嫌だ。好きな人の幸せを望めないのは嫌だ。先生が幸せになれないのは、絶対に嫌だ。 「行くぞ、望月」 「う、ん」 戸塚君に手を引かれ、歩き出す。 「心っ……明日、学校終わったらちゃんと話そう」 そんな先生の言葉を、俺は目を瞑り、聞こえないふりをした。

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