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第91話

「心、好きだよ」 「……ぇ」 「俺は心さえいてくれれば良い。心だけが良いんだよ」 「う、そ……」 (今、なんて……?) 信じられない言葉に目を見開く。俺にとってその言葉は、あまりに現実味を帯びていなくて、思わず先生の胸を押し返してしまった。だけどその手は優しく包まれて、身体は再び先生の胸へと収まった。 「うそ……うそ、です」 バクバクと脈打つ鼓動が、自分のものなのかさえ分からないくらいに、俺は動揺していた。 (だって……こんなの、絶対、嘘──) 「嘘じゃない」 「……っ」 はっきりとそう言い放った先生を仰ぐと、先生はクシャッと自虐的な笑顔を見せた。 「駄目な大人でごめんな……ただ、俺は心のことを一番に大切に思ってるって、知って欲しかったんだ」 その弱気な顔に、胸がキュンと締め付けられた。 もう何が何だか分からない。 でも俺は今、一番欲しかった言葉をもらってる。それだけは分かる。 「もちろん、応えてもらえるとは思ってないよ。気持ち悪いと思われるのも、覚悟してる」 「そ、んな……」 「だけど、それでも心が一緒にいてくれるって言うなら、俺はちゃんと従兄弟として接する。だから、俺と離れるかどうかは、遠慮とかじゃなく、心の本当の気持ちで決めて欲しい」 (俺の……本当の気持ち……) そんなものは最初からひとつで、でも決して口には出来なかった。 だって、許されないと思ったから。俺は先生に恋をしてしまったけれど、俺よりはるかに大人で、同性で、教師という立場の先生に、俺の気持ちを伝えるなんて、許されないんだと思ってた。 だから、先生の邪魔をしてしまう前に、この焦がれる気持ちを秘めて、離れようって決めたんだ。 (でも、先生が同じ気持ちなら……?) 言っても良いのではないだろうか。許されるのではないだろうか。 そんな思いを胸に、俺は恐る恐る口を開く。 震える声で紡ぐのは、胸にしまっていた俺の大切な想い。 「離れたく、ない」 離れたいなんて思うわけない。ずっと、一緒にいたい。 「でも……でも、従兄弟として……じゃなく、て……」 もっと特別な存在として、先生の側にいたい。 (だって俺は──) 「好き……先生のことが、好き、です」

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