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第94話

* 「お世話になりました」 ボストンバッグを持って深々と頭を下げる。顔を上げると、戸塚君は不機嫌そうに眉を寄せていた。 「たっく……ほんと、人騒がせなやつ」 「ご、ごめんね……」 確かにものすごく迷惑をかけてしまった。俺がいた所為で自分の行動も制限させてしまっただろうし、どんなにお詫びしてもお詫びしきれない。 (けど……) 「あの……あの時、戸塚君がいてくれなかったら、俺どうしてたか分からないから……戸塚君がいてくれて良かった……本当にありがとう」 戸塚君の存在が、すごく心強かった。 戸塚君も俺の大切な人のひとり。そんなこと言えば、「うざい」って言われてしまうだろうから、間違っても口には出来ないけど。これは俺の本心。 「じゃ、じゃあ……またバイトで」 なんだか照れ臭くなって、逃げるように玄関に向かおうとすると、ボスっと荷物を床に落としてしまった。何故なら、突然、腕を掴まれたからだ。 鼻いっぱいに広がる花の香り。これは柔軟剤の匂いだったんだなと今さらなことを考えつつ、俺は徐々に状況を理解していく。 (え……抱きしめられてる……?) 数日前と同じ力強い腕の中。 俺は戸塚君に、正面からしっかりと抱きしめられていた。 「あのっ……戸塚、君……?」 予想だにしなかった状況に、心臓がバクバクといっている。顔を上げようとしたけど、戸塚君はそれさえ許してくれなかった。 「お、俺っ……今日、走って、汗臭いから……」 必死に戸塚君の胸を押してみるけど、戸塚君は微動だにせず、頭のてっぺんに柔らかい何かが押し付けられた。 「とつか、くん……?」 「お前さ……ずっとここにいれば良いのに」 「へ……」 「次家出するときは、すぐここに来いよ」 俺を腕の中から解放した戸塚君は、何が起こったのか分からず唖然とする俺のほっぺに手を添えて、綺麗な顔を近づけてきた。 その綺麗な瞳は人を惹きつけ、逃れようにも逃れられない。 「とつかく──」

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