104 / 242

第104話

「も~、本当にごめんなさいね。あの子ったら……」 ジャガイモの皮を剥きながら唸る叔母さんに、俺は人参を切りながら苦笑いを返す。 「いえ、本当のことなので……」 あの後、放心状態になった俺と怒った叔母さんを置いて、蓮君は再び部屋に戻ってしまった。 (仲良くなりたかったんだけどな……) もしかして既に嫌われてる? そうネガティブになりかけたけど、すぐに思い直した。蓮君は無愛想って言ってたし、あれが通常運転なのかも。俺は本当に人より小さいし、思わず本音が漏れてしまっても不思議じゃない……と思う。 俺は最近、こう思えるくらいのポジティブさを手に入れた。 (全部、先生のおかげ) 先生がいつもそばに居て、褒めてくれるから。少しくらい自分に自信持っても良いんじゃないかなって思える。 バイト先の御坂さんや尾上さんにも、最近笑顔が増えたよねって言われるほど、俺は幸せいっぱいだ。 その感謝を刻むように、心を込めて人参を切る。美味しく作って、先生に喜んでもらいたいから。先生の笑顔を見ることが、俺にとって何よりも幸せ。 「先生、カレー好きだったんですね」 叔母さんと作っているのはカレー。先生は中辛がお好みらしい。 なんだか可愛い、なんて思ってしまい、思わずほっぺが緩む。 「そうそう。どんなに手の込んだもの作っても、結局はコレね~」 叔母さんは子育て時代を思い出したのか、楽しげに先生の昔話をしてくれた。 中高と剣道部だったこととか、良いお兄ちゃんだったこととか、後は……モテモテだったこととか。 そんな話を聞いているうちに、カレーは後は煮込むだけになった。叔母さんは洗った手を布巾で拭きながら、ニヤリといたずらな顔をする。 「後でアルバム見る?」 「……っ!見たいです……!」 思わず食い気味で返事をしてしまった。 (先生の子ども時代、すごく見たい) 今であんなに格好良いのだから、きっとすごく可愛い。まだ見てないのに、きゅうっと高鳴る胸を押さえると、背後から声が聞こえた。 「見せなくて良いよ」 俺の大好きな穏やかな声。 「あら」 「あ、先生っ……おかえりなさいっ」 先生は微笑んで、俺の頭に手を置いた。そのままスルリと優しく撫でてくれる。 「ただいま。いきなり、びっくりしたろ」 「い、いえっ。その……叔母さんと料理作るの、楽しかったです」 「そっか」 恥ずかしくなって目を伏せるも、先生の手は依然、俺を撫で続けた。 (うう、駄目……キス、して欲しくなっちゃう) 唇にではなく、いつものように、おでこや頭に欲しい。あの柔らかな感触から、じわーっと幸せが広がるのは、甘い中毒性があった。 ここがどこだか忘れて、甘えた視線を先生に向けそうになったとき── 「あらあら、ずいぶん仲良しさんね」 「……っ!あっ、ごめんなさい!」 現実に引き戻され、訳もわからず謝る俺の背中を、先生がポンポンと撫でる。先生はニコニコしてる叔母さんの方を向いて、小さくため息を漏らした。 「母さん……頼むから、変なメール寄越すのやめて」 「あら、別に良いじゃないの」 「変なメール?」 先生が見せてくれた画面には『心君のことナンパしちゃった♡返して欲しくば、お腹を空かせて家に来ること!』と書いてあった。 (叔母さん、お茶目な人だなぁ……)

ともだちにシェアしよう!