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第136話

「なんだ、このアホ面」 「戸塚君っ」 いつのまにか来ていた戸塚君に、俺は後ろからホールドされているような体勢になった。この抱かれ方は、なんだか守られてるみたいな、そんな感じ。 (びっくりした……) 「あ、あのねっ、戸塚君」 突然のことに驚いた俺は、身体を離すのも忘れて腕の中に収まったまま、戸塚君を見上げるように首をひねる。 「アホ面なんかじゃないよっ」 「……そこかよ」 「え……?あ、えっとね。山田君って言うの。尾上さんの知り合いって、友達の山田君だったんだ」 「はあ?友達?」 眉を寄せる戸塚君にコクコクと頷くと、山田君は嬉しそうな声で「そう!友達!」と繰り返した。 「俺、山田健。よろしくな!てか、マジで赤髪じゃん!すげぇ~……なぁ、ちょっと触って良い?」 『アホ面』なんて酷いことを言われたにもかかわらず、戸塚君に向かってニカッと屈託のない笑顔を向ける山田君は、やっぱりすごい。人間が出来てるってこういうことを言うんだと思う。俺だったら絶対ビクビクしちゃう。 「……は?何こいつ。うざ」 けれど、どんなに山田君が歩み寄っても、戸塚君は戸塚君で。これはこれで、一貫性があってカッコいいと思う。 (はっ……感心してる場合じゃないっ) 「と、戸塚くん。そんな言いかたは……──ひゃっ!」 瞬間、戸塚君が俺の左頬をスルリと撫でた。そのくすぐったさに、俺は思わず目を細める。 「と、戸塚君っ……ん……」 身体をよじるも戸塚君の力の方が強くてビクともしない。戸塚君は俺の頬を撫でながら、さっきの不機嫌な声とは一変して、とても愉しげな声を出した。 「はっ。そんな怖い顔してんなよ。センセイ」 (えっ、えっ?) 先生の方を見ると、戸塚君の言葉通り、いつもの優しい先生よりも硬い表情をしてる。 未だ俺の頬を触り続けてる戸塚君が、終いには首筋にまで指を伸ばしたとき、ずっと黙っていた先生の口が僅かに動き── 「こらぁー!!」 興奮した様子の山田君が、俺と戸塚君を引き離し、俺たちの間に割って入った。 「なっ、なな何してんの!?」 「は?文句あるわけ?」 「大アリだよ!!こんなのセクハラじゃんか!!」 「はぁ?黙れアホ面。てめえだって、抱きついてたじゃねえか。こっの熱い中、ベタベタベタベタ」 「ち、違うし!!あれは挨拶的なハグだしぃ!?」 顔が真っ赤な山田君と、威圧的な戸塚君。今起こっている状況に頭が追いつかない。 (お、俺が悪いのかな……) 友だち同士の言い合いを見ていられなくて、泣きそうになりながら、助けを求めるかのように先生の方を見た。見て、目が合って。それなのに。 「……」 (えっ……なん、で……) 先生と目が合ったにも関わらず、プイッと目を逸らされてしまった。 「せ、せんせ……」 「……尾上先輩、鍵、良いですか?」 「え?ああ、うん。よろしく」 (え……?) 尾上さんから車の鍵を手渡された先生は、そのまま車に乗り込んでしまった。そんな先生を見て、俺は呆然と立ち尽くす。 (もしかして……怒らせちゃった?) どうしよう。胸がざわついて、すごく焦る。だって、先生に拒絶されたのはこれが初めてだから。 (せっかくの、海なのに……こんな……) そうして、なんだか変な空気のまま、俺の初めての海水浴が始まったのだった。

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