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第139話

「あらら。健くん、行っちゃったね~」 小さくなっていく山田君の背中を呆然と見つめていると、柔らかい声がした。それと同時に、パサっと何かを肩にかけられる。 振り向くと、ラッシュガードを着た御坂さんが立っていた。 「御坂さん……?これって……」 「ふふ。脱衣所に置きっぱなしだったよ。心くんので合ってる?」 肩にかけられた薄手の長袖パーカーは、確かに俺のものだ。 「はい……ありがとうございます。すみません」 (荷物の中じゃなかったんだ……ほんと、しっかりしなきゃ……) 皆には俺の気分なんて関係ないのだから、普通に振る舞わなきゃ。そう思って、へにゃっと笑いかけると、御坂さんもふわりと笑い返してくれる。 「心くんも泳ぎに行く?」 「あ、えっと……」 (俺、泳げるかな……) 多分泳げないと思う。だって、泳いだ経験がない。小中高と水泳の授業はなかった。でも、海に来たくせに泳げないなんて言ったら、呆れられてしまうだろうか。 モタモタして答えない俺に、御坂さんは咎めることなく微笑んだ。 「もし泳ぐの後でも良いんだったら、荷物置いてから、ちょっと貝拾いしない?」 「貝、ですか?」 「うん。綺麗な貝、いっぱいあるよ~」 (貝……探してみたい) コクコクと頷くと、御坂さんは嬉しそうに「じゃあ、決まりだね」と言って戸塚君の方を見た。 「戸塚くんも行かない?」 「いや、俺はいいっす。……望月、これ持ってって」 「う、うん」 戸塚君は俺に荷物と脱いだパーカーを預け、「アイツ締める……」と呟きながら、海の方へと歩いて行ってしまった。 「行こっか」 「はい」 御坂さんについて行くと、Tシャツ姿でサングラスをかけた尾上さんが、パラソルの下のビーチチェアでくつろいでいた。その姿はとても大人っぽくて、すごく様になっている。 「わぁ、もう立てたんだ」 御坂さんの声に、尾上さんが上体を起こす。 「ああ、御坂さん。案外楽でした。男二人だったし」 「そっか。ありがとうね。ここに荷物置くね?」 「どうぞ」 すでに尾上さんたちの荷物がある端っこに、御坂さんも荷物を置いたので、俺もそれに続く。戸塚君のパーカーが風で飛んで行ってしまわないように、カバンとカバンの間に挟み終わると、御坂さんが俺の方に微笑みかけた。 「じゃあ、貝拾いに行こっか」 「あ……はい。けど……」 「ん?」 「あの……先生は?」 ここにいるはずの先生がいない。尾上さんを見つめると、尾上さんはバツが悪そうに苦笑を漏らした。 「広なら、ビール買いに行かせたよ」 「もう。尾上くん、後輩使い荒いんだから」 「はは。まあまあ」 「……」 (偶然、だよね……?) もしかしたら顔も見たくないほど怒ってるのかも、なんて最悪なことを考えてしまう。このまま仲直りできなかったらって考えると、苦しくて苦しくて。自分が悪いのに、泣いちゃいそうになる。 「心くん?高谷さんのこと待とうか?」 優しく話しかけてくれた御坂さんに、俺はフルフルと首を振った。 「貝……行きたいです」 「……そう?じゃあ、尾上くん、荷物番お願いね」 「はい。いってらっしゃい」 俺、最低だ。 早く謝らなきゃいけないのに、先生と顔を合わせるのが怖くて怖くて。 (逃げちゃった……)

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