139 / 242
第139話
「あらら。健くん、行っちゃったね~」
小さくなっていく山田君の背中を呆然と見つめていると、柔らかい声がした。それと同時に、パサっと何かを肩にかけられる。
振り向くと、ラッシュガードを着た御坂さんが立っていた。
「御坂さん……?これって……」
「ふふ。脱衣所に置きっぱなしだったよ。心くんので合ってる?」
肩にかけられた薄手の長袖パーカーは、確かに俺のものだ。
「はい……ありがとうございます。すみません」
(荷物の中じゃなかったんだ……ほんと、しっかりしなきゃ……)
皆には俺の気分なんて関係ないのだから、普通に振る舞わなきゃ。そう思って、へにゃっと笑いかけると、御坂さんもふわりと笑い返してくれる。
「心くんも泳ぎに行く?」
「あ、えっと……」
(俺、泳げるかな……)
多分泳げないと思う。だって、泳いだ経験がない。小中高と水泳の授業はなかった。でも、海に来たくせに泳げないなんて言ったら、呆れられてしまうだろうか。
モタモタして答えない俺に、御坂さんは咎めることなく微笑んだ。
「もし泳ぐの後でも良いんだったら、荷物置いてから、ちょっと貝拾いしない?」
「貝、ですか?」
「うん。綺麗な貝、いっぱいあるよ~」
(貝……探してみたい)
コクコクと頷くと、御坂さんは嬉しそうに「じゃあ、決まりだね」と言って戸塚君の方を見た。
「戸塚くんも行かない?」
「いや、俺はいいっす。……望月、これ持ってって」
「う、うん」
戸塚君は俺に荷物と脱いだパーカーを預け、「アイツ締める……」と呟きながら、海の方へと歩いて行ってしまった。
「行こっか」
「はい」
御坂さんについて行くと、Tシャツ姿でサングラスをかけた尾上さんが、パラソルの下のビーチチェアでくつろいでいた。その姿はとても大人っぽくて、すごく様になっている。
「わぁ、もう立てたんだ」
御坂さんの声に、尾上さんが上体を起こす。
「ああ、御坂さん。案外楽でした。男二人だったし」
「そっか。ありがとうね。ここに荷物置くね?」
「どうぞ」
すでに尾上さんたちの荷物がある端っこに、御坂さんも荷物を置いたので、俺もそれに続く。戸塚君のパーカーが風で飛んで行ってしまわないように、カバンとカバンの間に挟み終わると、御坂さんが俺の方に微笑みかけた。
「じゃあ、貝拾いに行こっか」
「あ……はい。けど……」
「ん?」
「あの……先生は?」
ここにいるはずの先生がいない。尾上さんを見つめると、尾上さんはバツが悪そうに苦笑を漏らした。
「広なら、ビール買いに行かせたよ」
「もう。尾上くん、後輩使い荒いんだから」
「はは。まあまあ」
「……」
(偶然、だよね……?)
もしかしたら顔も見たくないほど怒ってるのかも、なんて最悪なことを考えてしまう。このまま仲直りできなかったらって考えると、苦しくて苦しくて。自分が悪いのに、泣いちゃいそうになる。
「心くん?高谷さんのこと待とうか?」
優しく話しかけてくれた御坂さんに、俺はフルフルと首を振った。
「貝……行きたいです」
「……そう?じゃあ、尾上くん、荷物番お願いね」
「はい。いってらっしゃい」
俺、最低だ。
早く謝らなきゃいけないのに、先生と顔を合わせるのが怖くて怖くて。
(逃げちゃった……)
ともだちにシェアしよう!