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第143話
「え……?」
驚いて顔を上げた俺に、御坂さんが微笑む。その顔はなぜか少しだけ寂しそうで、ギュッと胸が痛んだ。次に口を開いた御坂さんは、もう怒ってなくて、いつもの穏やかな口調に戻っていた。
「……俺ね、お店を持つとき、両親にすっごく反対されたの。そんなんで食べていけるのかって。それ以降、あんまり仲良くないんだ」
(そうだったんだ……)
今でこそお店は流行っているけれど、上手くいくかなんて開店前は分からない。だからご両親が反対するのも無理もないのかもしれない。
聞き入る俺に、御坂さんがニコッと笑った。
「でもね、尾上くんが付いてきてくれて、心くんや戸塚くんみたいな良い子たちがバイトに入ってくれて。それでここまで来れた。だから本当に感謝してるの。……だからね。俺、心くんのこと大好きなんだ。尾上くんや戸塚くん、他のスタッフさんのことも大好きで。だからそんな大切な人たちが、悲しい顔をしちゃうのは嫌だよ」
「御坂さん……」
「だから、ちゃんと仲直りしといで。そしてまた、心くんの可愛い笑顔が見たいな。きっと……ううん、絶対大丈夫だから。ね?」
「本当に……?」
「ほんとだよ。大丈夫。だって、高谷さんがあんな態度をとっちゃったのは、心くんのことが好きだからでしょ?だから、大丈夫だよ」
御坂さんが口にする『大丈夫』を聞いていると、本当に大丈夫な気がしてきて。さっきの取り乱し方が嘘のように、心がスーッと落ち着いた俺は、コクリと頷いた。
(御坂さんの言葉って、不思議……すごく、落ち着く)
「……俺、先生に謝ってきます」
「うん。良い子だね」
ふわりと微笑んだ御坂さんが、拾った貝を掲げて見せてくれた。
「ちゃんと仲直りできたら、今日の記念に、この貝で、高谷さんとお揃いのストラップ作ってあげるからね」
得意げに言う御坂さんに、俺は笑い返して「御坂さん」と口を開いた。御坂さんは「ん?」と、優しく先を促してくれる。
「俺……先生と暮らす前……ずっと寂しくないって自分に言い聞かせてたんですけど、本当は寂しくて、家に帰りたくなかったんです。家に帰ったら、一人きりだって思い知っちゃうから……」
「心くん……」
そういえば、俺は御坂さんにちゃんとしたお礼を言ったことがなかった。自分の気持ちをありのまま話したことがなかった。だから、今、伝えたい。御坂さんが本心を話してくれた今、俺もどれだけ御坂さんに感謝しているかを伝えたいの。
「だから、あのカフェが……御坂さんたちがいてくれて本当に良かったなって……」
中学のときは辛かった。お父さんともクラスメイトとも上手くいってなかったのに、毎日家と学校の往復をするだけで、逃げ場がなかった。
それが高校になってからは、倒れちゃうくらい頑張るほどにバイトに夢中になった。そして、寂しいのを考える時間が減った。
(だから……本当に救われた)
すごくすごく、救われたの。
「なので、俺に声をかけてくれて、雇ってくれて、本当にありがとうございました」
「……ああもう、心くんは本当に可愛いなぁ」
ペコリと頭を下げた俺を撫で撫でした御坂さんが、今度は俺の背中を押した。それはすごく優しくて、勇気をもらえる手のひらのぬくもり。
「行っておいで」
「……はいっ」
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