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第142話
*
「あ、こんなのはどう?」
「わぁ……」
御坂さんに見せてもらった、白くて綺麗な貝殻。それは凄く綺麗なのに、心はやっぱり浮かなくて、俺はしゃがみ込みながら、砂をなぞった。
そんな俺の顔を、同じくしゃがんで貝を探していた御坂さんが覗き込む。
「心くん、元気ないね」
「え……」
「高谷さんのこと?」
「……」
「俺で良かったら話聞くよ?」
「でも……」
先生と俺が付き合っているのは、内緒だから。絶対に内緒にしなければいけないから。だから、御坂さんには相談出来ない。
シュン、と落ち込む俺の頭を、御坂さんがヨシヨシと撫でた。
「御坂、さん……?」
「大丈夫。なんとなく分かってるから」
「え……」
「もちろんそのことを、口外したりもしない。だから、ね?」
「……」
御坂さんが嘘をつくわけない。本音を言えば、俺は誰かに相談に乗って欲しかった。俺ひとりじゃ、どうして良いのか分からないから。誰かと付き合うのが初めてな俺は、もちろんケンカしたことも仲直りしたこともない。
だから俺は、御坂さんの優しさに甘えさせてもらうことにした。
「さっき……」
「うん」
「俺……先生が何で怒ったのか分からなくて」
「……そっか」
「はい……でも、車の中で考えたんです」
きっと俺が何か悪いことをしてしまったんだって。だって、優しい先生が理由もなく怒ったりしないって分かってるから。
だから、車に乗っている間、ずっと考えた。いっぱいいっぱい考えて、出た答えは──
「俺が、先生以外の人と、くっついてたからですよね?」
山田君や戸塚君に抱きしめられていたから。きっと先生は怒った。友達同士のスキンシップだったけど、同性だからって言い訳は通用しない。だって俺の恋人は先生で、先生も男性だから。
同意を求めるよに御坂さんの瞳を見つめると、御坂さんは困ったように笑った。
「……そうだね。好きな人が……って考えると良い気はしないよね」
「……やっぱり……」
胸が苦しい。どうしよう。俺は本当に大変なことをしてしまった。大好きな先生を不快にさせてしまった。それはどんな悪いことよりも、罪深く思える。
どうしたら許してもらえる?もし謝っても許してもらえなくて、さっきみたく拒絶されたらと思うと……冗談抜きで、この世の終わりかのようだ。
「やだ……先生に嫌われるの、やだ……やだ……」
泣きそうな声を出しながら、首を左右に振る。やだやだを繰り返す俺の背中を、御坂さんが優しくさすった。
「心くん、落ち着いて。大丈夫。ちゃんと話せば分かってくれる」
「でも……でもっ……嫌われたらっ……」
「そんなすぐに、嫌われるわけないでしょ?」
「でも、俺っ、面倒ばっかり……だから、お父さんみたく先生もっ」
お父さんのように先生からも嫌われてしまったら。存在を邪険にされたら。そうなってしまったら、俺は俺でいられない。だってそうなったらもう、俺の居場所はなくなってしまう。
「怖い……」
「心くん……大丈夫だから」
「でもっ……」
御坂さん。困らせてごめんなさい。
本当は、こんなのちょっとした行き違いだって分かってるの。ごめんなさいってするだけで、元に戻れるって分かってるの。だけど……だけど、どうしてもお父さんの姿がちらついて、頭から離れない。
「俺はっ……いらない子だからっ……」
いらない子。望まなかった子。俺は多分、そういう子ども。
徐々に口数が減っていって、しまいには目も合わせてくれなくなったお父さんと、今日の先生が重なって。先生に『邪魔』って言われてしまったらって考えると……。
(怖い……すごく、怖い……)
「心くん、いい加減にして」
うつむく俺の両頬を、御坂さんの指がムニッとつまんだ。それは痛くないのに、俺を正気に戻すくらいには力が入っていて。
「俺の好きな子を、そんな風に言わないで」
御坂さんの怒った声を聞いたのは、これが初めてだった。
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