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番外編 戸塚君とアホ望月③
(おにいさん……?)
確かに俺よりは年上っぽいけど、戸塚君よりは年下だと思ってた。つまり、子どもっぽい俺より上に、大人っぽい戸塚君より下に見えるってことは、同い年くらいだと思っていたのだけど。金髪さんの口ぶりからするに、二、三個は年上らしい。
(はっ、ち、違うっ。それよりも──)
「でーと、ですか?」
年齢云々よりも、この言葉の方が重要だ。首を傾げる俺に、金髪さんがうんうんと頷く。
「そうだよー。とっつーは物なんかより、君と一日一緒に居るほうが、何百倍も嬉しいんだからっ」
「え?」
(そんなことで……?)
さすがにそれは信じがたくて、困惑してしまう。何がどうなったら、俺といるだけで嬉しいと思うのだろうか。そんな特殊な人は、そうそういないと思う。
「あ、でも……、二人は一緒に遊んでたんじゃ……」
「あー。良いの良いの。大した用じゃないから」
「そうなんですか……?」
「うんうん」
(んんー……)
よく分からないけど、もし仮に、それでお礼になるんだったら、俺としてはぜひともそうしたい。けれど、当たり前だけど、戸塚君はそう思っていないようで。
「……チッ。付き合ってらんねえ。俺は帰る」
そう言って、クルッと背を向けてしまう戸塚君。すると、金髪さんが口でにやぁと三日月を作った。
「あー。いーいーのーかーなー?」
「あ?」
眉を寄せた戸塚君が振り返る。その表情はとっても恐ろしかったけど、金髪さんは臆することなく、ニマニマしながら口を開いた。
「もし帰ったら、ハメ取り流出しちゃうぞー」
(はめ、どり……?)
俺にはその言葉の意味がよく分からなかったけど、戸塚君はそれを聞いた瞬間、大きく目を見開いた。そんな戸塚君の顔に、金髪さんが一層楽しそうな声を出す。
「んふふっ。とっつーの堪え顔、かっわいく映ってるからっ」
「なっ……」
「それが嫌だったら、言うこと聞きなよー」
「……っ。てめえ……」
(す、すごい……あの戸塚君が言い負かされてる……)
金髪さん強し。戸塚君って案外、恋人には尻に敷かれるタイプなのかな。なんて、本人には絶対に言えないけれど。
「ふはっ。まあ、そーゆーことで!」
勝ち誇った笑みを浮かべて立ち上がった金髪さんが、俺の耳に唇を寄せて「とっつーのことよろしくね」とコソッと呟いた。
「えっ!?あのっ……」
「バイバーイ!またねーっ」
ヒラヒラと手を振って去っていった金髪さんは、呼び止める暇もなく、あっという間に見えなくなってしまった。
「はぁっ……」
ガシガシと頭をかいた戸塚君が、乱暴に隣に座ってくる。帰らないのをみると、どうやら一緒に行動してくれるらしい。金髪さん効果絶大だ。
(良かったぁ……)
こんな形だけど、お礼が出来ることになってひとまず安心。けれど、俺は一つ気になることがあった。それは、金髪さんが戸塚君を言い負かした言葉。
「あ、あの……はめどりって何のこと……?」
いったい何が戸塚君を脅かしたのか。それが気になって気になって聞いたのだけど、戸塚君は殺し屋のごとく俺を睨みつけた。
「黙れアホ望月、殺されてえのか」
「い、いいいいえっ、ごめんなさい!」
言葉通り殺気が凄くて、思わずペコペコと謝罪をしてしまう。もうこれ以上聞ける雰囲気ではない。残念なことに、俺の疑問は解消されなかった。
(はめどり、って、嫌な言葉なのかな……?)
あとで辞書を引いてみよう。そう思ったとき。
──ぎゅるるるるぅ
俺のお腹が、盛大に声を上げた。
「……っ!」
慌ててお腹を押さえるも、時すでに遅し。あんなに怒らせておいての、この醜態。また睨まれるか、もしくは呆れられるか。
(もうっ、なんでこんなときに……)
「と、戸塚君、ごめんね……」
恐る恐る戸塚君を見ると、意外な光景が目に入った。俺の予想に反して、戸塚君は可笑しそうに口元を押さえていたのだ。
「ふっ。お前、小せえくせに腹の音は一人前かよ」
「……っ!」
(は、恥ずかしいっ)
穴があったら入りたいとは、まさにこのこと。羞恥心で顔が熱くて仕方ない。顔を真っ赤に染めて俯いていると、戸塚君が俺の髪をわしゃっと撫でた。
「と、戸塚君……?」
「俺も腹減った。良い時間だし、まずは何か食ってくか」
「う、うん……」
ちょうどお昼時。こんなにもナイスタイミングな腹時計は、やっぱり恨めしいけど、一方で、戸塚君の表情が柔らかくなったことに、安心を覚える。
(……機嫌、治ってよかった)
今日は戸塚君へのお礼。俺なんかと一緒で楽しいのかは、まだ謎だけれど、精一杯頑張ろう。
そして、楽しい一日になれば良いな。
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