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番外編 戸塚君とアホ望月④

*  とりあえず昼食をとるために、俺たちは建物の中にあるファミリーレストランに入った。  初めてのファミレス。お店に入るとき、場違いなのではとドキドキしたけど、それに気づいた戸塚君が手を引っ張ってくれたから、無事に席まで来れた。  こんなことも普通に出来ないなんて、ちょっと情けないと思うけれど、戸塚君は何も言わなかった。何も言わないでくれた。  「では、ご注文お決まりになりましたら、お呼びください~」  お水を持ってきてくれたお姉さんが、メニューを置いて居なくなる。それを眺めること数分、いや、十分を過ぎたかもしれない。ついに痺れを切らした戸塚君が、口を開く。  「まだ決まんないわけ?」  「ご、ごめんなさいっ。こういうところ初めてだから、迷っちゃって……」  「どれ?」  「これとこれなんだけど……」  ハンバーグとオムライス。どっちも美味しそうで、選びきれない。「うーん」と唸る俺に、戸塚君から魅力的な提案が。  「……どっちも頼めば?」  「えっ、でも、食べきれないし……」  「アホ。半分ずつ食ってやるって言ってんだよ、このアホ望月」  (アホって二回言われた……)  呆然としてしまう俺をよそに、戸塚君は店員さんを呼び寄せ、俺が食べたいと言った二品を頼んでくれた。  (良いのかな……)  戸塚君だって食べたい物があったかもしれないのに。というか、俺を待っている間に、自分の分は決まってたと思う。  「ご、ごめんね……こんな、わがままみたいな……」  そう謝ると、戸塚君が「俺は食い飽きてんだっつーの」と言って水を飲んだ。ぶっきらぼうな物言いだけど、それは戸塚君の優しさだって分かってる。  「ありがとう、戸塚君」  お礼を言うと、コップを置いた戸塚君が「別にいい」と呟いた。  「それより……さっきは悪かったな」 「え?」 「律。強引で」 「う、ううんっ、全然!むしろ、ありがたいですっ」 (律さんって言うんだ……素敵な名前だな) そういえば、名前を聞くのをすっかり忘れていた。律さん。心の中で名前を繰り返し、記憶に焼き付ける。もしもまた会ったら、今日の機会をくれたことのお礼を、ちゃんと言いたいから。 (ふふっ) 律さんが悪いことしたわけではないけど、代わりに謝るなんて、やっぱり仲良しさんなんだな。そう微笑ましく思っていると、俺はあることに気づいて、「あ」と小さな声を上げた。戸塚君の不思議そうな視線が向く。 「なに?」 「あっ、えっと……俺、前と違って、今日は律さんのこと怖いと思わなくて……」  思えば、これは不思議だ。初めて会ったときは、律さんがあんなに明るい人だとは知らず、頭の中で、カツアゲ、タバコ、釘バットを思い浮かべるくらいに怯えていた。  だけど今日、会うのは二度目なのに、全然怖くなくて。それどころか普通に話せもした。  「それって、戸塚君の大事な人だからなんだね」  「は?」  「戸塚君が仲良くしてる人に、悪い人なんているはずないもん」  戸塚君にとって大切な人だから。そう分かっていたから、自然と怖くなくなった。  ニコッと笑いかけると、戸塚君はものすっごく苦い顔をした後に、テーブルに片肘をついて、その顔を覆った。  「……はぁ」  「戸塚君……?」  何かまずいことを言ってしまっただろうか。不思議に思って首をかしげると、戸塚君がチラッと意味ありげにこっちを見る。  「ほんと、おめでたい奴……」  (おめでたい……?)  今日は特におめでたい日じゃないと思うけどな。よく分からないけど、『大事な人』を否定しないあたり、やっぱり律さんは特別なのだろう。  (俺も見習わないと……)  先生と両想いになりたての俺は、付き合うということがまだよく分かっていなくて。だからとにかく、戸塚君のように相手を大事にしたい。  そうして、ホクホクした気持ちでいること、十五分くらい。  「わあ!」  運ばれてきた料理に目を輝かせる。ジューと音が鳴る鉄板に乗ったハンバーグと、綺麗な黄色の卵に包まれた熱々のオムライス。  「先どっち食いてえの」  「えっ、えっと……」  (どっちも美味しそうで選べない……)  「ど、どうしよ……」  「たっく。……ほら」  優柔不断な俺を見兼ねた戸塚君が俺の方に寄せたのは、熱々のハンバーグの方だった。戸塚君に差し出されたトレーからナイフとフォークを取り出して、一口サイズに切ったお肉を口に運ぶ。  「んんーっ。美味しいっ」  口の中でジュワーと広がる肉汁。自分で作るのとは違う、初めての味はとても美味しくて。ほっぺをゆるゆるにしながら夢中で食べていると、「ふっ」と笑い声が聞こえた。顔を上げると、微笑ましそうに俺を見てる戸塚君と目が合う。  「……戸塚君?」  (あ。もしかして……)  「ご、ごめんね。俺ばっかり。戸塚君も食べて──」  そう言いながら戸塚君の方に鉄板を差し出したのだけど、戸塚君の手は違うところに伸びて。  「ちげえよ。付いてる」  戸塚君の左手が俺の口元を拭う。  ソースで汚れた指を、戸塚君は迷うことなくペロリと舐めた。その際にのぞいた、赤みを帯びた舌が、すごく色っぽい。  「……。とっ、戸塚君っ!?」  数秒してから、状況を理解した。真っ赤に顔を染める俺とは裏腹に、戸塚君は何もなかったような顔で、オムライス用のスプーンを手に取る。  「何?文句あるわけ?」  「も、文句とかじゃないけどっ……き、汚いよ」  「別に汚くなくねえだろ」  「で、でもっ……」  「冷めるぞ。さっさと食え」  「う……」  そう言われてしまっては、もう何も言えない。戸塚君の平然とした様子を見ていると、これは友だち同士では普通のことで、騒ぐ俺の方がおかしいのかも。  (でも、びっくりしたぁ……)  俺は胸をドキドキさせながら、熱いほっぺを冷ますためにゴクンと水を飲んだ。

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