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番外編 戸塚君とアホ望月⑥

*  「楽しかったぁ。すっごく楽しかったっ」  さっき戸塚君にクレーンゲームで取ってもらった猫のぬいぐるみを抱きしめながら、出口に向かいつつ、お店を見て回っていた。少し後ろを歩く戸塚君を振り返ると、戸塚君は苦笑を浮かべた。  「んな何回も言わなくても、聞こえてるっつーの」  「だって、すっごくすっごーく、楽しかったんだもん」  「こんなんで良いなら、いつでも来てやるし」  「ほんとっ?やったぁ、嬉しいっ」  えへへ、と笑う俺に、戸塚君も微笑む。それが嬉しくて、俺はもっとニコニコしてしまう。きっと、緩みきったほっぺは、だらしないことになっているだろう。  (今日、ここに来て良かったぁ)  しみじみそう思う。今日はとっても充実した休日を過ごせた。家に帰ったら、先生に色々なことを報告しよう。初めてのファミレス。初めてのゲームコーナー。全部新鮮なことばっかり。今度は先生とも来れたら良いな。なんて、ちょっと難しい夢を持ってしまう。  そうやって浮かれながら、俺はふとある疑問を持った。  (あれ?でも、どうして来たんだっけ……?)  ここへ来た理由。そもそも俺はどうして戸塚君と遊んでるのか。  (はっ!)  「……望月?」 いきなり青ざめた俺に、戸塚君が怪訝そうな顔をする。  「あ、えっと、その……」  すっかり忘れていた。俺は戸塚君にお礼の品を買うために、ここへ来た。そして偶然会った律さんの計らいで、今日一日かけて戸塚君にお礼をするつもりだったのだ。  律さんに一緒にいるだけで良いって言われたのは、未だに腑に落ちないけど、俺にはそれくらいしか出来なくて。だからせめて戸塚君を楽しませなきゃって思ってたのに、俺の方が楽しんでしまった。  (ど、どうしようっ……)  何か挽回できるものはないかと、俺はキョロキョロと辺りを見回し、そしてあるお店が目に入った。一人で回っていた時には気づかなかった、目的にすごくぴったりなお店。  「あ、あのっ……俺、ちょっと買ってきて良いかな?」  「……?別に良いけど、なら俺も──」  「ううん!戸塚君は!ここで!」  「は?」  どうしても付いてきて欲しくなかった俺は、戸塚君に無理やり猫のぬいぐるみを押し付けた。  「すぐ戻ってくるから!」 *  「戸塚君っ、ごめんね……待たせちゃって」  色々迷ってしまい、思ったよりも時間がかかってしまった。備え付けのベンチに座ってスマホをいじっていた戸塚君が、俺の声で顔を上げる。  「別に。そんなに欲しいものあったわけ?」  俺はそれに答えずに、戸塚君の隣に座る猫のぬいぐるみの横にストンと腰を下ろした。そして、グッと覚悟を決めて、片手に収まる小さな袋を戸塚君に差し出す。  「……俺に買ってきたのかよ」  戸塚君の声が強張る。  「う、うん。どうしても渡したくて……やっぱり駄目かな……?」  またいらないって言われるんじゃないかって、ドキドキしていたら、戸塚君が無言のまま袋を受け取ってくれた。こんな簡単にいくとは思わなくて、思わずびっくりした顔を向けてしまう。  「……アホ。さすがに、わざわざ買ってきたもん拒否るわけねえだろ。……ほんと律儀なやつ」    袋に視線を落とした戸塚君が、問いかけてくる。  「……見ていいのか?」  「も、もちろんっ」  戸塚君が取り出したのは、黒いストーンが埋め込まれたシンプルなピアス。戸塚君の大人っぽい雰囲気と、赤い髪によく似合うと思った。  無言でそれを見つめる戸塚君。やっぱり駄目だったかと、シュンとしてしまう。  「俺のセンスだからイマイチかもだけど……ぜ、全然っ、付けなくても良いからっ」  「いや……サンキュ」  「……っ」  戸塚君は左手で俺のほっぺを撫でて、右手で贈ったピアスをとても大事そうに握りしめてくれた。俺は安心して、思わず戸塚君の手にすり寄ってしまう。  (良かった……)  「ほんと、アホ……」  スルリとほっぺを伝う手。それは、穴の開いていない耳をなぞる。  「戸塚、君……?」  「……こんなの、帰したくなくなんだろ」  (えっ……?)  その言葉の意味がよく分からなくて。だけど、戸塚君がものすごく真面目な顔をしているものだから、俺はびっくりしてしまって、思わず「あのっ」と叫んだ。  「……なに」  戸塚君の手が止まる。俺はあたふたと、もうひとつ同じものを取り出した。そして、ずいっと戸塚君に差し出す。  「あのっ、あのねっ。律さんの分も買ったから、渡してもらえないかな?」  「……は?」  「前も今回も、デート中に邪魔しちゃったから、ごめんなさいって……」  「デート?」  「うんっ」  「おい待て……お前もしかして……」  「……?二人って恋人さんだよね?」  何の疑いもなくそう言った瞬間、戸塚君の頭からピキッと音がなった気がした。  「……ざ……んな」  「と、戸塚君……?」  「ふざけんなよ!こんっっっの、アホ望月ぃいい!!」  「ひいぃっ!?」  それは周りの視線もはばからない、大きな大きな声で。どういうわけか、金髪さんからもらった今日一日が、戸塚君の罵声で締めくくられてしまったのでした。

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