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番外編 白衣②
明日のお弁当の仕込みを終えてリビングに行くと、綺麗に畳んだ白衣が、ローテブルの上に置かれていた。
「……」
「心?」
つい手に取ってしまったところで呼びかけられて、ビクッと肩を震わせてしまう。恐る恐る振り返ると、お風呂上がりの先生が、バスタオルで髪を拭きながら、不思議そうにこっちを見ていた。黒縁メガネとお風呂上がりの組み合わせは、いつ見ても色っぽくてドキドキする。
「どうした?」
「あ……えっと、これ……」
「ん?あぁ……白衣。持ち帰ってたんだよなぁ。明日忘れないように、今日のうちに出しておいた」
苦笑した先生が「朝忘れてたら教えてな」と言いながら、俺の頭を撫でる。胸がきゅんきゅんして、でもどこかモヤついて。そのまま、ボーッと先生の顔を見つめる。
そんな俺に対して、先生がコテンと首を傾げた。
「心?眠い?あ、もしかして白衣着てみたい?」
どれも違って、フルフルと首を振る。だけど、未だに白衣をギュッと抱いて離さない俺に、先生は眉を寄せた。
「んー?どうした?なんか心配事?」
(心配事……)
『あんた高谷先生のこと好きだよねぇ』
『うん、超好き』
学校でのクラスメイトの会話が蘇る。胸がざわついて堪らなくなって、俺はおずおずと口を開いた。
「あの、ね」
「うん」
「これ……着て、欲しい、です」
「ん?良いけど、明日も着るよ?」
その言葉に、フルフルと首を振る。
(明日じゃ、やだ……)
明日じゃ、遅い。
「みんなより、先に、見たいの」
言ってから恥ずかしくなって、そっと目を伏せる。
ずいぶんわがままなことを言っているけれど、これでもだいぶ妥協している。だって本当は、明日は着て欲しくないから。きっと、あの子以外にも、白衣姿の先生にドキドキしちゃう人がいると思うから、本当はみんなの前で着て欲しくないの。
「心……」
先生が小さく名前を呼ぶ。俺は途端に怖くなって、ペコリと頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ。鬱陶しいですよね……今のは忘れてくださ──」
情けなくて涙が出そう。そんな瞬間、突然グイッと手を引かれて、ふわりと抱きしめられた。鼻腔をくすぐる、爽やかなせっけんの香り。俺は胸をドキドキさせながら、その香りをスンと吸い込んだ。
「鬱陶しいわけないだろー。むしろ可愛すぎてどうしようかと思った」
(可愛い……?)
今のどこに、そんな要素があったのだろう。俺はわがままを言っただけ。ただそれだけだ。それなのに可愛いだなんて、もしかしたら、先生は何か誤解をしているんじゃないだろうか。
そう思った俺は、先生の胸を押して、少しだけ距離を取った。
「心?」
「あの、俺、可愛くなんかないです。むしろ、意地悪で……」
「意地悪?心が?」
「だって俺、先生のこと独り占めしたいって……みんなに見せたくないって……だから、意地悪なんです」
(うぅ……)
どうして俺は、自分の嫌なところを自己申告しているんだろう。自分にプラスにならないことを言って、どうしようというのか。この世の中で、先生にだけは絶対に嫌われたくないというのに。
「はぁ……」
ほら。先生だって、ため息をついて呆れてる。
そう思ったのだけど。
「──っ!」
キツく抱きしめられ、俺は再び先生の胸の中へと収まった。
「せ、せんせっ?」
「そういうとこが、可愛いって言ってんの」
「ふぇっ?」
頭の整理ができていない間に、先生の意外とたくましい腕に抱き上げられてしまった。女の子にとって、一生に一度は経験してみたいらしい、お姫様抱っこ。俺は女の子ではないのに、胸がきゅんきゅん高鳴って仕方がない。
「せんせ……っ」
「心のためならいくらでも着るよ」
おでこにキスを落とした先生が「似合うかどうかは保証しないけど」と照れ臭そうに笑った。
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