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***  「あああ望月ぃいいいい!」  新年度は山田君の泣き顔とともにスタートした。手を差し出してくる山田君を、俺は苦笑いで見つめるしかない。なぜなら、山田君の肩は愛知君と内山君にガッチリとホールドされてしまっているからだ。  「山田うるさい。さっさと教室行くよぉ」  「嫌だああああ!俺は望月と一緒がいい!」  「いい加減黙れチンカス。言うこと聞かねえと捻り潰すぞ」  「ちんっ⁉︎愛知いきなり豹変するのやめて⁉︎望月と離れ離れになった俺をもっと優しく慰めて⁉︎」  「まあまあ内山田として今年も楽しもうぜ~」  「そんなコンビ組んだ記憶ないし⁉︎」  (内山田……たしかに二人とも『山』が入ってる)  新たな発見に感心した俺とは裏腹に、山田君は急に顔を赤らめてモジモジと足をくねらせた。  「それに、コンビ組むなら望月と、めっ、夫婦漫才が良いかなーって」  (ま、漫才……?)  「俺、お笑いはちょっと……」  普通に人と話すのも精一杯なのだから、人前に立って笑いを誘うのは、流石にハードルが高すぎる。  (山田君は向いてると思うけど……)  本当に、山田君はお笑い芸人さんに向いているのではないだろうか。だって、山田君がいるだけでその場が明るくなる。キラキラで眩しくて。きっとそういうのを『才能』っていうんだと思う。  そうやって真剣に考えてたら、隣にいた栗原君に頭をコツンと突かれた。  「いや望月君。ただのアホの戯言だから」  「ざれごと……冗談ってこと?」  「そういうこと」  「まあ山田が芸人になったら、バラエティ共演した女優に惚れて勘違い炸裂してストーカー疑惑も出ちゃったりして、一瞬で芸能界から……いや、社会からも干されるだろうねー」  「松野君っ」  少し遅れて登校してきた松野君が、ひらひらと手を振って近づいてくる。そして「また一年よろしくね」って、いつもの眠たそうな目を細めて見せた。  そう。俺は松野君と栗原君と同じクラス。山田君、愛知君、内山君と離れちゃったのは寂しいけど、一人じゃないのは本当に良かった。  「松野ずるい!」  「はっはっはっ。これが日頃の行いさ」  「くそー!」  「てか山田だけじゃねえかんな?俺らだってもっちーと離れて悲しいっての」  「ほんとそれぇ。誰の差し金だよ」  「差し金⁉︎俺と望月の愛を引き裂く何者かの策略⁉︎」  「はい黙れぇ~」  「いだっ!いだだだだだっ!愛知!耳!引っ張んないで!」  山田君が愛知君と内山君に教室へと引きずられていくのを、寂しい気持ちで眺める。俺の高校生活は山田君あってのものだから、離れ離れになるのは、やっぱりちょっと不安だった。その気持ちが表情に出ていたのだろう。突然、ポンっと頭を撫でられた。  「大丈夫だよ。休み時間になったら、あいつらウザいくらいこっちの教室来ると思うよ」  そう言った栗原君が優しく微笑んでくれる。この数ヶ月で栗原君とは随分仲良くなれた。こうやって普通に話せるのが本当に嬉しい。  「栗原君……うん、そうだね。俺も行くっ」  そう意気込めば、栗原君は「そうだね」って頷いてくれた。  (だけど……)  「山田なんかよりも、高谷先生が担任じゃなくなったことの方が重大だけどねー」

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