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最終話

(おご)りだろうか。 まだ若く未来の可能性に溢れている二人が、そう長い間、一回り以上も年の離れた私に固執するだろうかーー 「センセェ、ずっと一緒にいよ」 銀縁眼鏡をかけ直された一ノ宮は忙しげに瞬きした。 横で添い寝していたクロに顔を覗き込まれ、覚束ない眼差しながらも見つめ返した。 「卒業してもずっと」 「そうだな、ずっと」 クロの言葉にシロも同調する。 仰向けになった一ノ宮にのしかかり、片割れの残滓で温む仮膣を念入りに突きながら、ニンマリと笑った。 「老後の面倒は俺達に任せろよ」 「ッ……介護の話はまだ……早……」 尻奥をゴリゴリと抉り貫かれる。 一ノ宮は堪らず喉をヒュッと鳴らした。 「俺ら三人、おんなじお墓にはいろーね」 クロがとんでもないことを言うものだから、どこに集中していいものやら。 「さすがに、それは……っ……」 「あ、いっそのこと海で散骨する? 生き残った一人は二人の骨と一緒に後追い入水自殺しちゃう?」 「やっ、やめないかっ、不謹慎だっ、あっ、ちょっ、んっ……!」 「樹木葬とかもいーよねー、なんかよくない?」 「こんなときにっ……軽々しく話す内容じゃっ……ああ……!」 クロと会話している間もシロはピストンをやめず、一ノ宮は怒ったり叱ったり、よがったりと忙しく。 「だって死んでもセンセェと一緒にいたいもん」 片割れに貪られて陶然と悶える一ノ宮にクロはそう言った。 何度も瞬きした准教授は。 来年には大学を卒業していく教え子の、それぞれの頬に触れた。 「今、この時間だけは、私は君達だけのものだよ……」 『私は誰のものでもない』 かつてそう言い切ったはずなのに。 まんまと(ほだ)された。 「だから……後追いとか……そんな悲しいこと、決して言わないでくれ」 幼子にするみたいに汗ばむ頬を撫でる。 撫でられた双子は、互いに視線を一旦通わせ、次に揃って一ノ宮を見下ろした。 「今、センセェ、俺とシロのモンなの?」 「……うん」 「あ」 「ッ……あ……ぅ……シロく、ん……」 「ッ……う……クソ……」 「え、シロ、いっちゃったの? センセェの嫁になります発言で?」 「っ……そんなこと言ってない……!」 朝、目が覚めたら双子はベッドから消えていた。 パジャマが見当たらず、とりあえずガウンを羽織ってリビングへ。 そこにも二人の姿はなかった。 遮光カーテンの隙間から洩れた朝日が冷たい床に頼りなげに伸びていた。 「シロ君、クロ君」 ……まさか。 ……夢を見ていたのは私の方だったのでは。 ガチャガチャ! 「あ、センセェ起きてる、おはよ~」 「冷蔵庫、なんっも入ってねぇから朝飯の材料テキトーに買ってきた」 「卵、スクランブルエッグにする? それともオムレツ?」 「下のオートロック、丁度住人が出ていくところで、入れ替わりにすかして入ってきた」 「ちょっとの間、鍵あけっぱにして不用心にしてごめんね、センセェ」 「おい、センセェーー」 一ノ宮はシロとクロを抱きしめた。 どちらも取りこぼさないよう、しっかり。 「悪夢は軽んじるものではないな」 キョトンな双子は顔を見合わせる。 まぁ、愛しの美人准教授からハグされることなんて滅多にないかと、その両腕にどっぷり甘んじた。 「素肌にガウンなんてエロ」 「裸ガウンセンセェ、たまんなーい」 「……もう、どうとでも好きに呼びなさい……」 「卒おめ」 「卒おめ~」 「シロ君、クロ君。大学最後の式典で(いささ)か軽すぎないか」 卒業生および彼らを祝福する者達で溢れ返る大学の中庭。 「シロクロも胴上げ参加しない!?」 中央で代わりばんこに仲間を胴上げしている同学年の知り合いに声をかけられると、双子は首を左右に振った。 「シロクロも一緒に写真とろ?」 「この後、どうするの? 夜にみんなで飲みにいかない?」 多くの女子に声をかけられても然り。 「一ノ宮先生! 最後に一緒に写真いいですか?」 ちなみに一ノ宮も頻繁に声をかけられていた。 「ああ。構わない。卒業おめでとう」 「卒おめ~!!」 「あっ、なんでクロまで入ってくんの!?」 「卒おめ」 「うわ、シロまで入ってこないでよ!」 「最悪! 先生の顔にシロクロの手がかかってる!」 「撮り直しは一回につき千円で~す」 「最っ悪!!」 憧れの美人准教授と最後の一枚を……と、写真を頼みにくる卒業生女子の夢を双子は平然と打ち砕いていた。 「あいつら、すぐにネットにあげんだよ、センセェを全世界に曝されて堪るか」 「ほんとほんと、センセェのご尊顔は俺らでちゃんと守ってあげたからね~」 ネクタイから小物までお揃いのスーツ一式を着用した双子。 「四年間か。大した感慨もねぇな」 シロは映画配給会社の広報部に就職が決まっていた。 「あははぁ。確かにー。言えてるー」 クロは……何も決まっていなかった。 「センセェだけが特別だったな」 「うん、センセェだけがスペシャルだった」 「センセェ、記念に俺らを胴上げしてくれよ」 「無理だ、私の腰が死んでしまう」 「じゃあ俺らがセンセェのこと胴上げする~」 「は? クロ君、冗談だろう?」 「ぎゅ~~」 「……これは胴上げじゃなくてハグだ」 「俺も」 「……シロ君まで」 中庭の片隅で双子にぎゅうぎゅう抱きつかれる美人准教授。 卒業生や他の学生にまで撮影されまくった。 これが全世界に曝されたら……と、一ノ宮は一瞬危惧したものの、苦笑まじりに二人を受け止めてやった。 「ねぇ、センセェ」 たくさんの笑い声が響く中、クロにそっと耳打ちされる。 「俺さ、今までのこと、小説にしようと思う」 「自伝小説ということかい、クロ君」 「うん。お母さんのこと、おじいちゃんのこと、父親のこと、シロのこと、俺のこと。それにセンセェのことも」 「私に関する詳細はごっそり省いてくれ」 「それって下手したら官能小説になるんじゃねぇの」 「官能小説調教作家に俺はなる~」 「や、やめてくれ、絶対に私とのことは……というか、耳打ちされると、くすぐったい……!」 狼狽えながら身を捩じらせている一ノ宮に双子は心の底から笑った。 「センセェからは一生卒業しねぇから、そのつもりでな」 「ここが俺達の(つい)棲家(おうち)」 両頬にそれぞれキスされた。 シロクロの公開調教に中庭が一段と湧いて、一ノ宮は……あわや羞恥心で失神しかけた。 終の棲家(すみか)、か。 こちらこそ、末永くよろしく、シロ君、クロ君。 end

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