1 / 46
第1話
「ぼ、僕と、セックスしてくれませんか……?」
僕にそう声をかけられた人は、目をぱちくりとさせて首を傾げた。銀色の柔らかそうな前髪がふわっと揺れて、真っ白な眼帯が覗く。左耳にぶら下がった細長いピアスも一緒になって揺れて、白金色に輝いた。
銀髪のその人は傾けた首を直しながらこう言った。
「なんで?」
―――「なんで?」……?
そんな言葉が返ってくるとは思わず、僕は言葉に詰まってしまう。
「いえ……あの……。」
―――それは、あなたが「ある意味」有名人だからです、とは言えない……。
「蒼秀学園男子部に『ヤバいヤツ』がいる」。このあたりでは有名な話だ。
元から歴史ある名門校とは思えないほど自由な校風で有名なところだったので、蒼秀学園の黒いシャツと白いブレザーの制服に身を包んでいる人の中には派手な人が多い。しかしその中でも抜きんでて派手なのがこの銀髪の人だ。名前は知らなかったが、僕の通う学校でも彼が話題に上ることがあった。
「ヤクザの跡取りらしい。」
「経験人数が三ケタを超えているらしい。」
「中学時代に気に入らない上級生をバットで殴り倒したらしい。」
「キレやすくて、鞄の中に警棒を入れてるらしい。」
「危ない仲間が多くて、クスリをやってるらしい。」
「ヤクの売人をやっているらしい。」
「補導歴が何度もあるらしい。」
嘘か本当か分からない噂は聞く気が無くても耳に入ってきた。たしかに、彼の派手な外見と気だるげな雰囲気には、そういう怪しい噂を信じたくなってしまいそうな一種の説得力がある。実際、その特異な雰囲気に気圧され、僕の膝はさっきからずっと震え続けていたし、背中には冷たい汗をかいていた。
―――いきなり殴られたらどうしよう……。
そんな不安に飲み込まれそうになっていると、銀髪の人がスマートフォンの弄りながら目を瞬いた。
「もしかして、誰かと間違えてる?」
「っ、ま、間違えてないです……。」
「俺と君って面識ないよね?それとも俺が忘れちゃってるだけ?」
「い、いえ、あの、はい。面識、ないです。ごめんなさい。」
声が震えているせいで僕の言葉は片言になってしまう。
「お、お願いします。一回だけでいいんです。」
「一回だけって言われてもなぁ。」
銀髪の人はスマートフォンを弄りながら欠伸をかみ殺す。シルバーリングがはめられた指がフリック操作をする度に動くのを見ていると、額からも冷や汗が噴き出してきた。
―――あれで殴られたら絶対痛い。
骨とか折れちゃうかも……。
ともだちにシェアしよう!