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Prologue
――アムルーズって、どういう意味?
古くなって色褪せた看板を見上げながら、思い出す。
それは僕が初めて花屋『アムルーズ』に来た時の事。その時店主だった彼女に、僕は尋ねたのだ。『アムルーズ』とはどんな意味なのか、と。
――「恋人」って意味!
笑って答えた彼女に、きっと僕は苦笑したのだろう。その時、自分がどんな顔をしていたのか、わからない。ただ、あまりにも彼女に似合うその言葉に、愛おしさを感じていた。思わず彼女を抱きしめたくなる衝動に耐えていた。
――ねえ、れいくん。
あの頃の僕は、信じていた。これからこの花屋で彼女と共に働くことになる僕も、この『アムルーズ』の意味を誰かに笑いながら教えてあげる日がくるのだろうと。もしかしたら、初めて教えてあげる人は、僕たちの子供かもしれないなんてそんな淡い夢も抱いて。
――私、れいくんと恋をして、すごく幸せ!
今、彼女がいない『アムルーズ』。
この花屋の名前は、僕にとって、ただ思い出を閉じ込めただけの、古ぼけた看板だ。
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