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第一章~夜のすきま、暁月夜~
『アムルーズ』は東京の下町に昔からある花屋だ。長年町の人たちから愛されてきた、小さくも優しい店。
個人経営であるこの店は、生まれた当初から今まで家族で経営してきた店だ。だから、全くの他人である僕がこの『アムルーズ』の店主でいてもいいのだろうかと未だに考えることはあるが、それは杞憂であるらしく、この町の人々も、そして『アムルーズ』の元店主である眞希乃さんも温かく僕を見守ってくれている。
「玲維 くん、少し休んだらどう?」
「あっ……眞希乃 さん。いえ、大丈夫です。そろそろ人通りの多くなる時間ですし、ここから頑張らないと」
「そう? じゃあ、これだけでも食べて。玲維くんにばかり頑張ってもらうのが、なんだか申し訳なくて」
「いえ……眞希乃さんのお役に立ちたいので、これくらい。ああ、ありがとうございます、いただきます」
店の奥から杖を突きながら出てきた眞希乃さんは、僕に袋に入った小さなお茶のペットボトルと饅頭を手渡してきた。足を悪くしてしまった眞希乃さんはここまでくるのにも少し辛そうで、かえって僕のほうが申し訳なく思ってしまう。ありがたく袋を受け取ると、眞希乃さんには椅子に座ってもらった。
眞希乃さんはまだ七十歳手前だが、転倒して骨折してしまってからは歩くのにもやっとの生活を送っている。僕と眞希乃さんは特に血縁関係などはないのだが、とある事情により僕が眞希乃さんに代わって『アムルーズ』の店主となった。ただ、店主ではあるけれど、ここにきてそう経っていない僕はまだ未熟な部分が多く、影で眞希乃さんの手を借りることが多い。『アムルーズ』は、二人で協力し合いながら店を切り盛りしていた。
「あの――」
僕が眞希乃さんから頂いた饅頭に口を付けようとしたところで、声がかかる。少し気が抜けていた僕は、饅頭にかじりついた状態で振り向いてしまった。
そこにいたのは――若い、男性だった。僕よりも少し若そうな、金髪の男。初めて来店したからだろうか、少し緊張した面持ちでこちらを見ている。僕はひと齧りした饅頭を包みにくるんで、軽くお茶を飲んで、男のもとへ小走りに向かった。「いらっしゃいませ」、僕がそう声をかけると、彼は僕と目が合うなり、
「あの――薔薇の花束をください」
少し照れくさそうにはにかんで――そう言った。
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