1 / 8

第1話

「怖かったねー、映画」  知矢が隣を歩く典夫を見上げそう言うと、 「そうかー?」  余裕の笑みで兄は応える。 「知矢は怖がりだからな。おまえ途中からずっとオレの手、握ってただろ?」 「だって……」  典夫にからかわれて、知矢は頬を膨らませて拗ねてみせた。  兄は小さく笑って、知矢の頬を突っついて来る。 「ふくれっ面もかわいいな、知矢は」  ――典夫と知矢が兄弟という関係を飛び越え、恋人同士になってから一か月以上が経っていた。  二人でこうしてデートをするのは三度目である。  一度目は遊園地へ行き、二度目は水族館。そして三度目のこの日は今話題になっているホラー映画を観てきたばかりだ。  兄が腕時計に視線を落としてから聞いてきた。 「そろそろ夕飯時だな。なにか食いに行こうか。知矢、なにか食べたいものあるか?」 「うんとね、この前行ったパスタの専門店に行きたい。ツナと大根おろしのパスタがすごくおいしかったから」 「分かった、じゃそこに決まり」  典夫は言うと、知矢の肩を抱き寄せた。  兄に肩を抱かれて、知矢の鼓動がにわかに速くなる。  もう二人何度も体を重ねているというのに、兄に触れられると、知矢はときめきを抑えられない。  ……だっていまだに信じられないんだもん。  僕の片思いが叶ったなんて。  僕とお兄ちゃんが恋人同士だなんて。  知矢はうっとりと兄の端整な顔を見上げた。  ねー、お兄ちゃん、僕時々、夢を見ているんじゃないかと思うんだ。  こんなふうにお兄ちゃんの恋人として隣にいれるのは僕が見ている幸せな夢で、目が覚めたらやっぱり僕の思いは片恋のままなんじゃないかって……。  ちょっぴり不安になっちゃうんだ、今でも。

ともだちにシェアしよう!