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第1話

正木は営業先から帰社しようと社用車に乗り込んだ時、それと同時にピロンと携帯電話が鳴って、携帯電話の画面を見た。そこには彼女のアイコンが表示されている。 「あー」 正木はうんざりという顔をしてポップアップで表示されている文字を流し読みして携帯電話を鞄に放り込んだ。 内容は分かっている。というかあまり興味が無い。毎日、毎日、おはようからおやすみまで何をそんな連絡する事があるのだろうか。と疑問に思う。 長い文章に読む気も無くして、車を走らせた。 「どこ行くとか…だったっけ?もう…知らんし」 次のデートどうしようかとかで返信が面倒くさくなってた気がするなぁ…面倒臭いなと考えながらもあれこれ候補を考えてみた。 映画とか?見たいのないなぁ…ご飯は?何系にしよう?待ち合わせ場所は?結局どこ行く? 「仕事忙しくて返信する時間なんてねぇ…」 はぁーと深いため息をついて考えるのを止めた。 会社について、駐車しているとまたピロンと携帯電話が鳴った。 「また?」 そう思って携帯電話を見ると、今度は彼女のアイコンではなかった。 正木は思わず頬は緩まる。しかし、その事に自覚はない。 そこには後輩、香坂の名前があった。 『週末、仕事で遅くなりそうです。店の中で待っててください』 「了解っと」 たたたっと急いでタップしてすぐに返信した。週末、いつもの店で香坂と飲める。それを考えただけで気分が浮上する。 「早く週末になんねーかな」 にこにこと呟く頃には、すっかり彼女の存在は頭から抜けてしまった。 「なぁー香坂ぁーなぁんで女はそんな連絡欲しがるわけぇーー」 週末、いつもの店でいつものように愚痴を言う。今日の肴はその後、残念ながら一方的にメッセージだけで彼女に振られてしまった正木の事だ。別にその事実に痛みもないけれど。 「そうですね。あっこれ美味しそう!先輩。頼んでいいですか?」 そんな適当な返信だからですよと香坂は喉まで出たが、毎回、毎回繰り返しているのでもう呆れてしまって、強引に話を変えた。 「枝豆のかき揚げと、筍の土佐煮も頼んで」 「え?そんなのありました?」 「おすすめの所」 「本当だ。えーそっちの方が美味しそうですね。そっちにしよう」 嬉しそうに香坂は店員に注文した。 正木は香坂の好きそうなものなんてお見通しだと小さくほそく笑む。 もはや週末の恒例行事ようになっている正木と香坂の飲み会。話す内容は仕事の愚痴や、彼女の愚痴など。主に正木が愚痴って飲みすぎて潰れて香坂が介抱するというのがだいたいの流れだ。 「飲みすぎですって先輩。毎回ですけど」 香坂は呆れたように水を差し出す。しかし、正木は水を飲もうとはしない。 「しゃーないじゃん。週末は香坂と飲むって俺のルーティンになってる訳」 「はぁ…」 「飲んでる時に携帯とかいじりたくないじゃんか。なのに!なのに!!連絡くれないって!浮気じゃないのって!はぁぁぁ!?」 「いや…そっち優先してくださいよ」 こんな風にくだを巻くくらいなら。と思うものの香坂も強くは言えない。 「嫌だよー俺香坂と飲みたいもんー」 「あーはいはい。じゃぁそんな酔いつぶれないで貰えますか」 「ヤダー」 「放って帰りますよ」 それを聞いた正木はニヤッと笑って香坂の頬を指でツンツンとつつく。 「そんなこと言っちゃって。香坂が絶対そんな事しないの俺知ってる」 正木と香坂は前会社での先輩、後輩にあたる。香坂が新卒で入社した会社の指導先輩をしていたのが正木。 一度冗談で正木の事を「先輩」と呼ぶと予想以上に喜んだので香坂はその呼び方を続けている。 営業職だったのでそれこそ金魚の糞のようについて行き、面倒見のいい正木も非常に可愛がっていた。 香坂は結局、営業職が向いていないと気づき数年後に辞職し今は全く違う職に就いているのだがこの関係はずっと続いていた。業種も変わったのになぜかこの関係は途切れなかった。気がつけばもう4年。 なぜかと聞かれれば気が合うからとしか言いようがない。正木は香坂を気に入っていたし、香坂はこの先輩放ってはおけなかった。その香坂の性格を正木も分かってこんな風に愚痴って酔いつぶれている。そんな姿を見せても離れないと分かっているから甘えるのだ。そう分かっていても香坂は突き放すことなど出来ない。 正木にバレないようにため息をついた。 これが、惚れた弱みなのかもしれない。

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