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第2話
「あーー!もう!先輩!歩いてくださいよ!」
「ヤダー」
「ヤダじゃないんですよ!重い…」
いつも正木がこうなると分かっているのでいつも正木の家の近くで飲むと決めていた。それでも店から家まで道を成人男性を担いで運ぶのはいつも骨が折れる。それでもこの関係を辞められない香坂は己にため息をつくのだ。
以前はタクシーを使用していたのだが、車の揺れのせいか、一度車内でリバースしてからは色々とめんどくさくなって徒歩で送っている。
いや、こんなことがないと密着など出来ないのでそれを楽しんでいるのかもしれないと香坂はたまに考える。
「マゾかな…俺」
そんな風にふざけて思わないといつか襲ってしまうのではないかと不安なのだ。
この先輩にそんな事を絶対に悟られてはいけない。
以前に一度飲みながら、同性愛の話になったことがあった。
「香坂聞いて、今来てる派遣の奴がゲイらしい」
香坂は思わずぶっと飲んでいた物を吐きそうになった。その時にはこの正木への恋心を自覚していたから。
内心は気が気ではなかったが、必死に隠してただの世間話を聞いているように振舞った。
「どの流れでカミングアウトしたんですか?」
そんなにあっさり?派遣だから後腐れがないから言いやすいのか?と考えるものの一生カミングアウトなどする気がない香坂には想像もつかない。
「ずっとパートナーが、相方が…っていうから彼女いるんだ?って聞いたらいや、相手男なんでって言われた」
「その派遣さんも男ですよね?」
「そうそう」
正木は何も気にすることないようにビールを飲んでいる。
「先輩は…そのどう思うんですか?その…ゲイとか…」
聞いても可笑しくない流れだったよな?と思いつつ、思い切って聞いてみた。いけると言われてもカミングアウトする気などないけれど。
「えー?テレビとかでは見るけどさ。実際出会ったの初めてだから戸惑ってる」
目の前に居ますけどね。それも先輩のこと好きなんですよ?と言いたくなったがもちろん口にはしない。
「嫌悪感?」
「いやー?別にいいんじゃね?人それぞれだし」
そう言われてホッとした。胸を撫で下ろしてビールを飲もうとしたけれど…
「まぁ自分関係ないしな。相手が自分なら勘弁って感じだけど」
ビシッと体の動きが不自然に止まったような気がする。正木はその様子に気づくことも無い。
「なんでわざわざ男?とは思うけど。絶対女の方が抱き心地いいだろ。人間そういう風に出来てんだって」
ケラケラと笑いながらビールを煽る正木に香坂は「そうですね」と当たり障りない返事をしてビールを飲んだ。
そしてこの先輩を恋焦がれる気持ちは墓場まで持っていこうと心に誓ったのだ。
「さぁー着きましたよ先輩」
「んー」
ぐでんと部屋の中に倒れ込んだ正木を無理矢理ベッドにほおり投げてはぁーとため息をついた。
ベッドの上で正木はぐーぐーといびきをかいている。
「あーなんだよ」
気持ちよさそうに寝ている正木に少々腹を立てながら顔を見つめた。
正直どこにでもいそうな顔。取り立ててブサイクでもなければかっこよくも無い。性格だって適当な所があるし、こんなにだらけている。部屋だってすごく綺麗なわけでもないし、食べたものをそのままで放置している。そのくせ変な所で細かく書類のホッチキスの場所が気に入らないとバレないように留めなおしたりしている。
連絡だって突然来なくなったりだと思ったら急に今日飲みに行こうぜ!と寄越してくる。
気持ちよさそうに眠る顔の鼻をつまんでやった。
「んぐっ!んー」
正木は苦しそうに目を開けた。
「うがっ何!?」
「なんか気持ちよさそうに寝てて腹たって」
じろりと睨む香坂の態度に正木はにへらと破顔して「なーんだ」と笑って香坂の首に抱きついた。
「っ…!?」
「香坂ちゃんも眠たいなら言ってよ。一緒に寝よ?」
力強く布団に引き摺りこまれた香坂は慌てて抵抗するものの正木は気にする様子もなく抵抗虚しく、正木の隣に収まってしまった。
「なっ…先輩!?そういうことじゃなくてですね…」
「んー」
正木は夢うつつのようで、生返事が返ってきた。無意識でこれかよ…と呆れて、香坂は出来るだけ体を密着させないように気をつけて、じっとしておく事にした。
「香坂ぁ…なんで女じゃねぇーの」
寝言なのか、意識があるのか呟く正木に香坂はバレないようにため息をつく。
「そんなの…俺が一番思っていますよ…」
結局この人が愛しくて堪らないのだ。
間近に感じる正木の温かさ。頬にあたる寝息。包まれるような香り。
すぐに反応してしまいそうな体をそっと正木から更に離して全く眠れない夜が過ぎるのを布団の中でじっと待った。
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