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第10話(最終話)

「…先輩。後悔してますか?」 自分には勿論、後悔など全くない。しかし、突然後輩がゲイだと知らされ、そしてそんな後輩を抱いた正木はそうではないかもしれない。 自分が相手など勘弁と言っていた正木の声が頭に響く。 好きだとは言ってくれたけれど、やり終わってみたらムードに流されて…などとはよく聞く話だ。冷静になって考えると…と思っているんではないかと不安になった。今ならまだ引き戻せる。 「後悔…してるよ」 あぁ…やはり。 「まだ…無かったことに出来ますよ」 もし先輩が望むならこの事は無かったことにすればいい。今まで通りの関係を続けてもいい。全く姿を見たくないというなら姿を消してもいい。 「出来ねーよ」 と正木は低く呟き、顔を覆った。そんな顔をしないで欲しい。俺は…この思い出だけでも生きていけるから。そう伝えたかったけれど、ふわふわした気持ちがまた急降下して、言葉が詰まって上手くできなかった。 「なんでもっと優しく出来なかったんだろう。二人で初めてなのに…後悔してもしきれねぇよ。こんなにお前を傷つけたのを無かったことには出来ねぇだろ」 「え?」 正木の予想外の言葉にまじまじと顔を見つめてしまった。 「まじで俺、最悪だわ…。嫉妬で強姦紛いに襲うとか…最低だわ」 ごめんと土下座する勢いで謝る正木に香坂は唖然としていた。 「えっ…と。こんな風に関係を始めてしまって後悔?そんな俺、最低?」 「あぁ…ごめん。」 「俺と関係持ってしまった後悔じゃなくて?俺からの好意が気持ち悪くて最悪じゃなくて?」 「はぁ?そんな気持ち全くねぇよ。言っただろ?好きだって」 「いや…そんな情事中の戯言とか…」 と言うと正木に頭を軽く叩かれた。 「んな訳あるか!そんなんで大切な後輩に手出さねぇよ!」 改めて言われて、香坂の目は嬉しくて潤んでいた。 「嘘…じゃぁ…その…これからも関係続けられる?」 「いやそれは無理だろ」 「えっ!?」 「ただの先輩、後輩の関係は無理だ。その…恋人…がいいんだけど」 「えっ!?」 「嫌?」 香坂は全力で首を横に振った。 ずっと思い描いていた事が現実になるなんて…嬉しくって言葉に上手くできない。 恋が実るってこんなに幸せな事だったのか。 ただ小さく、正木の顔を見て呟いた。 「よろしく…お願いします」 「こちらこそよろしくお願いします」 かしこまって言ったその言葉に二人で同時に「ぷっ」と吹き出して、笑いながらまた唇を重ねたのだった。 お互い順番にシャワーを浴びて、香坂が上がった時は正木は真剣な目で携帯電話を見つめていた。いや、睨んでいたに近い。 「シャワーありがとうございました」 そんな香坂の声も届いてないようだ。そんなに真剣に何を?と思って横目で覗いてみるとそこには喘ぐ香坂と正木の腕が映っていた。 「なっ!?」 「結構しっかり映ってる」 「消してください!」 奪い取ろうとする腕を止められて、携帯電話は遠くに置かれた。 「いや…消そうと思ったんだって。その前に一回見ておこうと思って」 「そのまま消去を実行して下さい」 「香坂、あんな可愛い顔してんだもん。正面から見たら良かった」 けらけらと笑う正木に恥ずかしくて真っ赤になりながら横腹にパンチを入れた。 「今からいくらでも見たらいいじゃないですか」 そう言うと、正木は眉尻の落ちたいかにもにやーという効果音が似合いそうな顔で香坂を抱きしめた。 その衝撃で体に力が入り、腰がビシッと音がなりそうなほど痛んだ。 「いっ…た」 「大丈夫か?」 正木は心配そうな顔で腰を摩っている。 「ごめんな。これからは奥さん孝行頑張るからさ」 「お…奥さん」 新婚のような口ぶりに香坂の顔はかーっと真っ赤に染まった。その顔を正木は笑いながら両手で挟んでいる。 「その反応が面白くてついからかっちゃうんだよなー」 「え?わざと言ってたんですか?」 バレていないと思っていたけれど奥さんやら結婚してなどは意図的に言っていたのか。 「焦る姿が面白くて。冗談に慣れてなさすぎ」 ケラケラと愉快そうに笑う顔からちょっと目を逸らして、拗ねるように言った。 「別に…冗談に慣れてない訳じゃないですけど」 「ん?」 正木はしばらく考えた後、え?という顔で香坂を見た。 「もしかして…照れてたの?俺が言ってたから?」 やっと気づいたかとコクリと頷く姿に正木はがばっと抱きついた。 「え?ちょっと…先輩?」 「めっちゃ萌えるわ!可愛いなお前」 この目線を逸らしているうちに…と正木の携帯電話に手を伸ばしたが、その手はあえなく正木に捕まった。 「ダメダメ。しばらく俺のズリネタなんだから」 「ズ…っ!?」 それは先輩が自分で抜くということ?なんだか想像してしまって顔が熱い。 「だから…今度ハメ撮りしてもいい?」 「はぁ!?先輩反省してますか?」 香坂は脇腹をつねった。あんなに絶望した顔で謝っていたのにもうこれか!この人は! 「あっ痛い痛い!反省してます。本当に!申し訳ございませんでした!」 「本当ですか?」 疑いの目を向けるとはっと正木は気づいたように呟く。 「香坂にまだ貸しがあった気が…」 「ないです!!一切ないです!!」 呆れたように正木を睨み、再び脇腹をつねった。 「あーごめんなさい!痛い痛い!同じ所はやめて!」 「いい加減懲りてください」 「なんかもうすでに…尻に敷かれている気がする…」 「俺以上に先輩に優しい奴いないと思いますけどね」 その言葉に正木はにやっと笑い、香坂に抱きついた。 「間違いない」 自信満々に言う正木に香坂は笑ってしまい、その声につられて正木も笑った。 その温かさに包まれて、先輩の香りを胸いっぱいに吸い込こむ。 この先もこうして、笑いながら ずっと過ごせたらいいな。 二人はそんな思いを込めて唇を合わせた。

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