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嬉しハズカし初めてのデート!①
「どうしよう……。ムダに緊張しちゃうかも」
学校以外で吉川と逢うのは、初めてだった。ゆえに、緊張しまくりのノリト。自分の格好を何度も眺め倒して、ため息ばかりをついている始末だった。
校内で1・2を争うイケメンな上にサッカー部の次期主将候補であり、エースストライカーの恋人、吉川 煌(きっかわ こう)
そんなすごい彼との接点なんて、ほとんどなかった。クラスだって隣だし、喋ったことすらないのに――。
弱小弓道部の次期主将で(僕しか2年生がいないので、必然的に主将になってしまうんだ)クラスでも目立たない僕に想いを寄せてくれたのは、奇跡としかいいようがない!
『あのさ、トモヒト。お前が好きなんだけど』
智人(ノリト)をトモヒトと呼び間違えて告白をしてくれた吉川だったけど、僕も吉川の名前をキラって呼び間違えてしまい、運命の赤い糸で結ばれてるって、ふたりして見つめ合いながらゲラゲラ大笑いしたっけ。
生まれてはじめて告白してくれた吉川にしっかりと背中を向けた挙句に、恥ずかし過ぎて、ありがとうって言うのが精一杯だったから、今日のデートできちんと真っ直ぐ顔を見て、「スキです」って言えたらいいなぁって、ちゃっかり計画していたりする。
「しかしながら、暑いな……。地味に、体力と気力が削がれていく」
夏休み前の貴重な休日。しかもお互いに部活がないのは、幸いだったのに、この暑さは、すっごく堪えてしまった。
分かりやすいだろうと、学校の傍にある児童公園を待ち合わせ場所にしたんだけど、日影がまったくなくて、頭上から降り注ぐ太陽の光が容赦なく僕を焦がそうとしていた。
「普段の弓道の練習では、屋根があるお陰で日焼けを免れていたけど、絶対に眼鏡の変な日焼けが、見事にできちゃうだろうな」
うわぁと思いながらポケットからハンカチを取り出し、額から流れ出る汗を拭っていたら。
「悪ぃ! 待たせちまったな」
爽やかな笑顔をした吉川が、僕に向かってダッシュで来てくれる。その表情が爽やかすぎて、眩しくみえた――待ち合わせ時間の30分も前から来ていたなんて、恥かしくて絶対に言えない。
「大丈夫だよ。ついさっき来たばかりだから」
手に持っていたハンカチで汗を滴らせてる吉川の額を、優しく拭ってあげた。
「さっき来たばっかって言ってるけど、ノリのほっぺた、すっげぇ赤くなってんぞ。こんな炎天下で待たせちまって、本当に悪ぃ……」
えらく済まなそうに謝る彼に、笑顔で首を横に振るしかない。僕のことをすっごく大事にしてくれてる気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
「それにしても、随分と汗をかいてるよね。吉川の家からここまでって、そこまで遠くなかったと記憶しているんだけど」
笑顔をキープしたまま思っていたことを口にしてやると、なぜだか視線をアチコチに彷徨わせて、苦笑いを浮かべる。
付き合いが浅くても分かってしまう、これは絶対に何かを隠しているだろうって。
僕はズリ下がっていない眼鏡のフレームを意味なく上げながら、吉川の顔を見つめ倒してみた。妙な誤魔化しを、絶対に見逃さないぞっていう意味で。
「なっ、何だよ、ノリってば。そんな可愛い顔して」
「だって明後日明々後日! 吉川が何かを隠そうとしているのは、鈍い僕だって分かってるんだからな。しかもこの顔の、どこが可愛いんだよ!?」
せっかくの初デートなのにいきなり雲行きが怪しくなるところが、吉川とノリトらしいといえばいいのか――。
「誤魔化してねぇって! その、あれだ。急いで走ってきたから」
「ふーん。途中ですっごい可愛いコを見つけちゃって、思わず後をつけちゃったんだ。へえ!」
「何を言ってんだ、まったく……。ノリよりも可愛いコなんて、いるワケがないだろ。どこかの小説家みたいに、変な話を作るなって」
呆れながら言われた言葉だったけれど、ぶわっとほっぺに熱を持ってしまった。テレた勢いで、メガネがズリ下がる始末。
じっと見つめる吉川の視線がノリトの荒んだ心を瞬く間に癒したのは、わざわざ説明しなくても分かることだったりする。
「……じゃあ何で、そんなに汗をかいてるのさ?」
責めた口調になるのは、しょうがない。相変わらず吉川が、隠そうとするんだもん。
「分かったよ、白状する。正直に言うから、そんな顔しないでくれって。ふて腐れて突き出た唇に、キスしたくて堪らないんだからな」
「ブッ」
ノリトの操縦法が分かってる、吉川の技が炸裂! これをされたら、機嫌を直すしかなかった。
慌てて両手で口元を隠しながら誰もいないことを確認すべく、あちこちムダに見てしまうのは、同性の恋人が目の前でキスしようとスタンバっているから。その顔の憎らしいこと、この上ない!
「吉川、いい加減にしろよ。もう!」
「分かったよ、白状してやるって。相変わらず強情だな、お前は」
諦めに似た表情を浮かべて顔の距離をおいてくれたので、安心して両手を離した瞬間を狙われているのをノリトは知らなかった。
「隙ありっ!」
小さく呟いたと思ったら、素早くちゅっとキスされてしまった。
「っ~~~」
テレながら360度ぐるっと見て回るノリトを見て、吉川は面白おかしそうにカラカラ笑いまくる。最初の緊張感はなくなったけど、今は違う緊張感でいっぱいだ。
「何してくれるんだよ、吉川! 誰かに見られたら、どうすんのさ?」
「誰もいないからキスしたんだって。大丈夫だよ、ノリ」
大きな手のひらが僕の頭を優しく撫でてくれる。宥めるように何度も、何度も――。
吉川は宥めようとしてくれてるんだけど、逆に落ち着かなくなるってことを分かっていないんだろうな。触れられただけで、どんどん胸が苦しくなっていくのに。
「吉川……」
じと目をキープしたまま頭を撫でている手を取り、もう一度周りを確認してから、手のひらにキスして、ぶん投げるように手放してやった。
途端に吉川の顔が、見る間に赤くなっていく。
手のひらに感じたノリトの柔らかい唇を直に感じてしまい、もっとしてくれと言いそうになるのを抑えるのに必死だったりする。
「これで、おあいこだからね。これ以上、強請ったりしないでくれよ」
「うっ――(しっかり読まれてるとか、ノリはエスパーなのか?)」
「それよりも、隠してることをちゃんと言ってよ」
ちゃっかりお返しをして軌道修正を試みるノリトもまた、吉川の操縦法を心得ていたりするのだった。
「……ここに来るのに、家を1時間前に出たんだ」
「い、1時間も前にかい!?」
素っ頓狂な声を上げるノリトにビックリしながら、ボソボソといった感じで口を開く吉川。
「ぉ、おうよ。1時間前に出て、その……家の傍にある小学校に顔を出していたんだ。サッカーの少年団の練習に」
嫌というほど納得した吉川の汗の理由。サッカーの練習に付き合ったから、だらだら汗をかいていたのは分かったのだけれど。
「サッカーの練習に顔を出したこと、隠す必要なんてないじゃないか」
「でもよ、えっと。ノリと少年団を掛け持ちしたのは、あまりよろしくないことじゃないかと、俺は思ったりしたんだけど」
「僕と少年団、どっちが大事なのさ? なぁんて心の狭いことを言うワケないのに」
吉川の二の腕を掴み、どすどす靴音を立てて公園を出てやる。
「わっ!? の、ノリっ、いきなりどうした?」
「どうしたもこうしたもないって。さっさと行くよ。サッカー少年団のいる小学校に」
半分呆れながら腕を引っ張るノリトにストップをかけるべく、吉川は握りこぶしを作って、ぐいっと引き寄せた。
「ぅわっ!? ビックリしたなぁ。一体、何?」
「俺にとって大事なのはノリだから。行かなくていいって」
「行きたくて堪らない顔をしてる吉川を無視して、デートなんてできないね。なので行くことは決定なんだよ、ほら早くして」
メガネをくいっと上げてカッコイイことを言い放つノリトに、吉川は反論することができなかった。
結局、ふたり並んでで小学校に向かったのでした。
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