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嬉しハズカし初めてのデート!④

***    好きな人にじーっと見つめられる中、弓を引くのはすっごく緊張することなのに――。 「ぷぷっ……ごめっ、もう一回仕切り直ししてもいい?」  本座(ほんざ)から射位(しゃい)に入るのに両手に弓矢を保ちつつ、背筋を伸ばして前を見るんだけど、目の端に映る吉川の姿がどうにも可笑しくて、つい吹き出してしまった。 「ノリ、笑いすぎ……。つぅか目の前の的を見てるクセに、どうして横にいる俺の顔が見られるんだ?」 「視野を広く見る、練習をしているからだよ。マジメな顔をしていても鼻に詰め物をした吉川の顔が、どうにもツボってしまって……。ムダに笑える」 (――お陰で、変な緊張が取れてしまったよ。ありがと吉川……)  なぁんて絶対に言ってやらない。間違いなく図に乗るから!  とりあえず気を取り直して――。 「入ります!」  本座(ほんざ)で姿勢を正して、揖(ゆう)をする。揖は頭を前に10センチだけ倒すもので、礼は腰から体をまっすぐに45度倒すものなんだ。  足袋を履いていたら、氷の上を進むようにスムーズに射位(しゃい)に移動ができる。しかしながら素足ではそれができないので格好悪いけど、ぺたぺたとちょっとだけ足音を立てて、射位(しゃい)で足踏みをした。  的から正面に顔を移したら、目の前には神妙な顔の詰め物をした吉川がいて、吹き出したくなるのを堪えたら、お腹に力が入り、自然と足先に荷重がかかった。  下半身がこうやって決まると体の軸がまったくブレないので、必然的に的中率が上がる――もしかして吉川を前にしても、ちゃんと中てることができるかもしれない。  だけどこの考えは不要なんだ。28メートル先にある36センチの的は全然動かないのに、自分の心にこうやって負荷をかけて動かした結果、絶対に矢が外れてしまう。ゆえに、中てようとする意識は雑念となってしまう。  正射必中(せいしゃひっちゅう)――正しく射れば必ず中るもの。外れてもいいから、いつもの僕を吉川に見せたい。もっともっと好きになってもらいたい。  ……っていうことも、実は雑念になっちゃうんだよな。心を無にしようとすればする程に、意識が囚われてしまうなんて修行不足の証拠だ。  呼吸を整えてから首を横に動かして、真っ直ぐ的を見た。それはとても遠くて、とても小さく見える。まるでちょっと前の吉川みたい。  人気者の彼は僕からしたら、手の届かない存在だった――そんな彼の視線に映ることができたのは、弓道をしていたから。だからこそ感謝しながら弓を引こう!  緊張のせいで少しだけ震えていた手先が、集中したお陰でぴたりと止んだので、思いきって弓を垂直に持ち上げる。そしていつも通りに両肘を使って弦を大きく引き分け、床と平行に矢を下ろしていった。  ――的のむこう側に大好きな君がいる――  的の表面を狙うんじゃなく、そのまたむこう側を狙うイメージ。そうすることによって弓の押し引きが成立し、緩むことがないんだ。  キンッ! ザシュッ……。  放った矢は残念なことに、的の上に外れてしまった。しかも矢の真下に的枠がある結果に落胆を隠せない。 「うわっ惜しい!」 「吉川っ、悔しがらない! そして騒がないで!!」  手に持っていた最後の矢を番えながら(つがえながら)目の前にいる吉川を叱り飛ばしてやった。本来なら何でもないよと澄ましていなければならないのだけれど、吉川が騒いでしまったせいで、自分の中にある後悔する気持ちが倍増されてしまい、イライラが表面化してしまった。 (駄目だ。マイナス思考のままで弓を引いても、上手くいく気がしない――)  奥歯を噛みしめながら乱れた精神をやり過ごすべく、俯いて何とかしていたら。 「ノリっ!」  妙に弾んだ声をかけてきた吉川。渋々目の前に視線を移したら、柔らかい笑みを浮かべる彼としっかり目が合った。 「俺、すっげー嬉しい。こんな近くで、ノリが弓を引くところが見られて」 「吉川?」 「弓を引いたことがないのに呼吸を合わせて、弓を一緒に引いてる気分になれるんだぜ。中り外れに関係なく、すげぇドキドキする」  ドキドキするなんて――そんな……。  弓を握る拳に、みるみる内に力がみなぎっていく。吉川の一言が、僕にパワーを与えてくれたお蔭かな。  中り外れは関係ない。そうだね、いつもそんなことを考えずに、弓を引いていたじゃないか。  夏の熱い日差しも道場に吹き込んでくる風や吉川の存在、耳に聞こえていた校内の喧騒が、どんどん遠のいていった。  僕はただひとり、的と対峙して弓を引く。それだけのことなんだ――。  両方の拳の力を抜き、ゆっくりと弓矢を肘の力で持ち上げた。狙いをしっかり定めて、縦線を出すべく背筋を伸ばしながら大きく弓を引く。  耳元で聞こえる、キリキリッという弦を引き絞る音。弓の力に体が負けそうになり、必死になって押し引きしていると、この音が鳴るんだ。  まだ離さない、離しちゃダメ……。葉の上に溜まった朝露が溜まりきったときに、ポロッと流れ落ちるような感じじゃないと。  力が最大限に引き出されたときに、自動的に離れるように――。  キリキリッ……キリキリ――キンッ、パンッ!  縦横十文字に離れた瞬間、矢は吸い込まれるように的に向かって飛んでいった。  すっごく集中していたせいかな。的が大きくなって、近づいてきたように見えちゃった。 「うおぉおっ! ノリ、お前すげぇよ! あれ見ろって、ど真ん中だぞ。引いてる最中から、みるみる体が大きくなってきてさ。離れる瞬間がすっげぇ凛としてて、カッコよくて堪んねぇって感じで! しかも矢の飛んでくスピードが1本目よりも速くて、目で追えなかったぞ」 「吉川興奮しすぎ……。騒がない」 「だって、しょうがねぇだろ。迫力満点で、すげぇしか言葉が出ないんだってば!」  鼻の詰め物を鼻息で吹き飛ばし、頬を真っ赤にして興奮しまくる吉川に苦笑いするしかない。  ゆっくり両足を閉じて、正座している吉川に向かい合った。左手に持ってる弓を、両手で抱えるように抱きしめる。 「あ、ノリ……その、ゴメン。こういうときは、喜んじゃダメだったんだよな。毅然として、顔に表しちゃいけないんだった」  つい、いつものクセで――なぁんて言いながら、反省するように俯く。  ――吉川が俯いてる今がチャンスだ。言うなら今しかない!  ヤることヤっちゃってる間柄なれど、正面きって告白をしたことがない僕。自分に自信がない上に照れくささも手伝ったお蔭で、背中を向けたまま告白したり、素直に好きって言えずに言葉を濁したり。  それが理由で、吉川にたくさん好きって言わせちゃうんだろうな。だから僕なりに、吉川の好きに報いたい。  報いたいって強く思っているのに、躊躇してしまうのは――人気者の彼は、今まで多くの人に告白されているだろう。  普通に『好きです』って言っても、感動しないかもしれない。何を言ったら、一番喜んでくれるだろう? 「ノリ、どうした? そんな顔して」  いつまで経っても喋らない僕を不審に思ったのか、顔を上げてじーっと見つめる。  見つめられただけで、頬に熱がみるみるうちに溜まっていくのが、自分でも分かった。そんな挙動がおかしいトコなんて、突っ込んでくださいと自ら言ってるみたいじゃないか。  それよりも、頭の中が真っ白なんですけど――。 「ノリ?」 「わっ、悪いんだけど吉川、目をつぶってくれないかな。緊張して話ができなくて」  突っ込まれる前に、さっさと指示を出してみた。んもぅ額から汗が、ダラダラと流れ落ちてくる。大会で弓を引くよりも、緊張している状態だよ。 「おう、分かった」  焦りまくる僕を尻目に二つ返事でOKしてくれた吉川は、さっさと目を閉じてくれた。  目の前に大好きな人がいるけど、目をつぶっているから顔を見られることはない。安心して、思ってることを言わなきゃ。 「……吉川、いつも上手く気持ちを伝えられなくて、本当にごめんね」 「えっ!? どうした、突然」  目をつぶったまま、不思議そうな表情を浮かべる。 「や、あのね……やっぱり顔を見ながら気持ちを伝えた方が、真実味が増すよなぁって。僕はいつも背中を向けたままとか、顔を背けて言ってるから」 「ハハッ。顔を付き合わせてるけど俺の目をつぶらせたままなら、正直意味なくね?」  言いながらパチッと目を開けた吉川に、文句が言えなかった。言われたことが、そうだよなって思えたから。 「ノリってば、顔が真っ赤になってる。可愛い」 「かっ、可愛いなんて言わないで」  ――超絶、ハズカシすぎる! 「だってよぅ、さっき格好よく弓を引いたヤツと、同一人物とは思えないぜ。真っ赤な顔して、ふるふるしながら弓を大事そうに抱きしめちゃって」  指摘されればされるほど、ハズカシさに拍車がかかった。せっかく真正面から、自分の気持ちを素直に言ってやろうって思っていたのに。 「こんな格好悪い僕の言葉なんて、聞きたくなくなったでしょ」  ツンシュン(ツンとした態度の後に、しゅんと落ち込む性格)だから一度落ち込むと、どこまでも落ちてしまう自分の性格は、本当にイヤになる。デレが少しでもあれば可愛いさがあるんだろけど、他人にそれを指摘された時点で、瞬く間にそれが消え失せてしまうんだ。 「俺はノリの言葉が聞きたいから、ここにいるんだ。お前の気持ち、聞かせてくれないか? どんなことでも受け止めてやるからさ」  俯き、落ち込みまくっていた僕に、それはそれは優しい言葉をかけてくれた吉川。  ズリ下がってしまったメガネを元に戻しながら前を向いたら、爽やかな笑みを浮かべる彼と、しっかり目が合った。 「ノ~リ、お前の全部が知りたい!」 「吉川あの、ね。あの……僕は――」  胸の中に告げたい言葉がぶわっと溢れてきて、何から言ったらいいか分からない。今更だけど、自然と溜め込んでいたのかな? 「焦らなくていい。言いたいことから、ゆっくり言ってみろ」  正座を崩して胡坐を掻きながら、目の前でリラックスする。その雰囲気がじわじわっと伝わってきて、肩の力が自然と抜け落ちた。  好きな人の言葉は……存在は本当に偉大だ――見るからにダメな僕を受け入れて、勇気を与えてくれるんだから。 「煌(こう)は本当にすごいや。ますます好きになっちゃうじゃないか」 「あー、そんな俺は全然、何もしてないって!」  頬を染めて全力で否定する言葉に、激しく首を横に振ってやる。 「そんなことないって! 僕は君に比べてその――見た目も中身も成績も、すべてにおいて秀でたところがなくて、性格だってこんなんだから友達もめちゃめちゃ少なくて……。さっきだってそう。決めなきゃならないところなのに、プレッシャーに押し潰されて、1発で決められなかった」 「でもちゃんと、的のど真ん中に中てられただろ。カッコよかったぞ」 「それは、吉川が僕に勇気をくれたからだよ。僕ひとりじゃ中てられなかったと思う。普段からそこまで、的中率のいい弓引きじゃないし」  君がくれた勇気や愛情が、力となってみなぎってくる。平凡でとり得のない自分だけど、そのお蔭で自信に繋がっていくんだよ。  ――僕の煌き、これからもずっと一緒にいてくれるかな。君の心に目掛けて、好きという気持ちの矢を、これからも射続けたいと思っているから。 「こんな僕を好きになってくれてありがとうって、ずっと言いたかったんだ。煌、大好きです!!」  がたんっ!  言い放った途端に戸口の辺りから、大きな物音が聞こえてきた。思わず、吉川と顔を見合わせてしまった。 「……ノリ、もしかすると」 「うん。いつものパターンかもね」  声を押し殺して、苦笑するしかない。  音を立てないようにゆっくり立ち上がり、戸口に向かう吉川の後ろを、両手に弓を握りしめたまま、笑いをかみ殺してついて行った。  ガラガラッ! 「Σヽ( ゚д゚)ノ ワッ!!」 「キャッ(*´>ω<`*)」  吉川が驚かしながら戸口を開け放つと、予想した通りの人物がそこにいて、肩をすくめたまま立っていた。 「大隅(おおすみ)さん、また立ち聞きしていたのかい?」  腐女子レーダーを搭載している彼女は、僕と仲良くしている唯一の女子だったりする。  きっかけは吉川との情事を偶然目撃されたことなんだけど、クラスメートで野球部の淳くんとも仲良くしている関係もあり、4人でよくつるんでいた。  しかしながらタイミングよく、いっつも吉川と僕の大事な場面で顔を出してくれるんだよね。 「大隅さん、いつからそこにいたんだい?」 「の、ノリトさん、大丈夫ですよ。全部聞いてませんから」 「そうじゃなく! どこから聞いていたのかって、訊ねているんだけど」  ハズカシすぎる。吉川以外にあれを聞かれるなんて――穴があったら入りたいよ、もう……。  肩を落としてガックリしまくる僕の頭を、吉川はこれでもかと撫でてくれた。 「ノリ、もう諦めろ。聞かれてしまったのは、過去の出来事だ」 「勿論、誰にも言いません! 自分の胸に、しっかりしまっておきます」 「そうしてくれ。そしてこのまま、何も見なかったということで、俺としては、さっさと立ち去ってほしいんだけど。大事なデートの最中だからさ」  撫でていた手を僕の肩に回して、ラブラブを勝手にアピールするなんて。これは、かなり恥ずかしいぞ! 「わわっ、空気が読めなくてゴメンなさい。すぐに帰ります!」  吉川のお蔭で、大隅さんを追い出すことに成功してしまった。 「さてと、後片付けしようかノリ」 「あ、うん。そうだね」  恥ずかしさも手伝って、そそくさと吉川の手から逃げるように弓立てのところに向かう。手に持っていた弓を丁寧にそこに置いたら、最初に空けてくれたシャッターを手際よく下ろしてくれた。 「あのさ、デートの続き――」 「うん?」  唐突に背中にかけられた言葉で何の気なしに振り返ると、目元を赤らめた吉川と目が合う。 「これから隣で、デートの続きをしたいんだけど」 「それって、えっと――」  吉川の言葉に、ぶわっと全身の血が巡ってしまった。弓道部の部室でふたりきりになり、することといえば、ひとつしかないから。 「あんな告白されてだな、そのまま返せるワケがないだろ。この身を使って、きちんとお返しをしないとな。だから、とっとと片づけしろよ」 「わっ、分かりましたっ! ぅわぁ……」  弓道部の主将に命令されたときみたいに俊敏に行動して、後片付けをした僕。  その後、弓道部の部室に移動し、言葉通りに吉川の想いを全身で感じることができたのでした。  おしまい

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