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嬉しハズカし初めてのデート!③

***  吉川を思う存分見られることに幸せを噛みしめつつ、じーっと眺めていたら、小学生たちが4人一組のグループを作って、ボールを蹴り始めた。  4人中、3人が三角形の陣を作り、残ったひとりが真ん中にいて、3人がパスをするために蹴るボールを真ん中のひとりが奪おうと、必死になっていた。 「ディフェンスのいる、パスの練習なんだ。上手にパスをしないと相手に捕られちゃうから、すっごく正確さを要求されるね。しかもディフェンスの練習も兼ねられちゃうって、一石二鳥じゃないか」  1対1でするパスの練習より、こっちの方が練習の熱が上がってる。みんな集中してるから暴投するコはいないし、何より――。 「よしっ! ナイスディフェンス! 今の足捌き、すっげぇ良かったぞ。ボールを取られたヤツと交代な」 「あ~っ、惜しいっ! 一歩出るのが遅かった、それだけだ。諦めんなよ、頑張れ」 「今のナイスパスだったな、俺でも捕れないぞ、あれは。向かい合った相手の動きを良く見て、次もパスを回せよ」  きびきびと良く動き、良く喋る吉川。ずーっと動き回って、疲れたりしないのかな? 「……確か前半・後半45分ずつで1試合90分間、ずっと動き続けなきゃならないから、これくらいで疲れてたらプレイなんてできないか」  弓道は射手(いて)から的までの距離が28メートルに対して、ピッチの長さは120メートルもある。そこをボールを追って、ひたすら走ることを考えただけで、息が切れてしまいそうだ。 (――やっぱりすごいや、吉川は。さすがは、僕の恋人!) 「エースストライカー兼監督の吉川選手、汗を拭いながら笑顔のまま、一番端にいるグループに素早く駆け寄りました! おおっと、途中でコケ……コケかけたけど素早く立て直して、誤魔化すように意味なく回転しながらグループに近づき、大きな声をかける! しかしながら小学生たちに、ちゃっかりと突っ込まれた模様っ。ボールだけを見ろよと怒って見せても、全然効果ないとか、笑えちゃうよ」  エアマイク片手にしばらく実況をしていたら、休憩時間になったのか、小学生たちがわらわらとテント下に集まってきた。 「吉川、休憩?」 「おぅ。この練習、結構ハードだからな。お前ら、しっかり水分補給しておけよ!」  手の甲で滴ってくる額の汗を拭い、僕を見下ろす。 「吉川の飲み物、そこのコンビニで何か買ってこようか?」  言いながら、立ち上がりかけたそのとき――。 「吉川さん、これどうぞ……」  どこからともなく高学年らしき女のコが現れて、顔を赤くしながら吉川に水筒を手渡した。女のコの様子に一瞬だけ戸惑いの表情を見せたけれど、ニッコリ微笑んでから水筒を手に取る。 「サンキューな。ちょうど喉が渇いていたから、すっげぇ助かった。ありがと」  女のコの頭を無造作に撫でて水筒に口をつけたので、上げかけた腰を下ろし、その場に体育座りをする。膝を抱えた両手に、ぐっと力が入ってしまった。 (――何やってんだよ、小学生相手にモヤモヤしちゃうとか……) 「ひゅー、桜ってば積極的!」 「吉川さんが来るようになってから、やたらと顔を出すと思ったら」  同じ学年と思われる男子たちが、女のコが困るようなことを次々と口にした。  見ていて不愉快なそれを止めなきゃと思うのに、人見知りの激しい僕はなかなかタイミングよく、口を開くことができなかった。 「お前たち、フェアプレイの精神がなっていないな。応援してくれるコを、どうしてそんな風に言えるんだ」  珍しく声を荒げる吉川に、男子たちは口を噤んだ。すぐに止められなかった自分もすっごく悪い気がして、おどおどしながら彼を仰ぎ見るしかない。 「ピッチの外で応援してくれるコも、ちゃんとしたメンバーになるんだぞ。大事にしないなんて、持っての外なんだ。謝れよ!」  女のコの肩を抱き寄せて男子たちに言い放つ吉川は、とってもカッコよかった。彼が普段、声を荒げないからこそ、それが心に響いてしまうんだ。  だからいつも、ファンのコたちに優しく接しているんだな。ヤキモチを妬いてる自分が、見っともないったらありゃしない。  心の中で吉川に対してパチパチと拍手を送っていたら、男子たちはきちんと頭を下げて、ごめんなさいをする。それを見た女のコは柔らかく微笑み、許しているようだった。  そのことによって、場の雰囲気が和んでホッとしていると――。 「ねぇ、メガネのお兄ちゃん。一緒にサッカーしない?」  線の細くて小さな小学生に、いきなり声をかけられてしまった。 「ええっ!? 僕が?」 「うん。見てるだけじゃつまらないでしょ? 一緒にやろうよ」  着ているシャツの袖をぐいぐい引っ張られてしまったのだけれど、お断りすべく首を横に振るしかない。 「ゴメンね。サッカーは全然できないんだ。弓道なら、多少は得意なんだけど」 「弓道って、えっと弓で矢を飛ばすヤツ?」  とっても小さな小学生――見た目は3年生か4年生くらいかな。大きな瞳を何度もまばたきして、じぃっと僕の顔を見つめる。  不思議そうにしてるそれに、いろいろと応えてあげたくなってしまった。 「そうだよ。弓で28メートル先にある的に向かって、矢を飛ばすんだ」 「お兄ちゃん、すっごく力がなさそうなのに、そんなことができちゃうの?」 「できるよ。ちゃんと矢を飛ばせるから。あのね――」  熱心に話し込むノリトに、他の小学生までもがわらわらと集まってきた。水筒のお茶をちびちび飲みながら、遠くからその様子を眺める吉川に、ふとした閃きが起こる。 「お前ら、今日のトレーニングはここまで! 次回までにもっと上手くなれるように、練習に励んでくれ。ノリ、行くぞ!」  隣にいた女のコにありがとうと言って水筒を返し、手早く小学生の山をかき分けて、吉川が僕の腕をぐいっと掴みながら、強引に立ち上がらせた。 「ちょっ!? 行くって、どこに?」 「――いつもの場所」  意味深な笑みを浮かべて言い放つなり、ぐいぐい引っ張って小学校を後にする。  どこに行くのか訊ねてもスルーしてくれたのだけれど、向かう景色は見慣れたものばかりだったので、行き先が直ぐに分かってしまった。 「……あの、ここって」  通学で使う歩道を吉川に無言で手を引かれ、ひたすら歩くこと15分。通っている共学の高校の校門をくぐり抜けて、校舎の奥へとどんどん進んで行く。左手にあるグラウンドでは野球部が練習試合をしているらしく、応援する声が響き渡っていた。  同じクラスで仲のいい友達の淳くんがピッチャーをしていて、ズバッとカッコよく三振をとったところに、思わず目が奪われてしまった。  被っている帽子を脱ぎ去り、二の腕で額の汗を拭いながら颯爽とマウンドを走る姿は、爽やか系のスポーツマンといったところだろうな。さすがは、吉川とイケメン順位の1・2を争うだけのことはあるよ! 「ノーリ、なぁに淳に見惚れてんだ。そんなことをしてる余裕をなくしてやるからな」  そう言い放った吉川が、僕を連れてきた場所とは――。 「僕を学校の弓道場に連れて来て、一体ナニをするんだい?」  弓道部の部室なら間違いなく、いかがわしいことをしようとしてるって考えているのが分かるのだけれど。 「ノリが弓を引くところを、間近で見たいんだ。いつもそこにある、垣根から見ているからさ」 「……部活をサボって、ここに来ていたんだ。呆れた」 「そういうノリこそ練習メニューのランニングをサボって、ちゃっかり俺のことを見ているじゃないか。らぶらぶって」 (――吉川のヤツ、気がついていたのか) 「でも胴着は洗濯するのに、家に置いてあるし……」 「だけど道具は置いてあるんだろ? そのまま引けばいいじゃん」 「や……だけど、この格好で引いたことがないから、その……」 「らしくねぇな、どうしたんだよ?」  下がってもいないメガネを何度も上げて狼狽えるノリトに、首を傾げた吉川。顔を寄せたら、ヒィッなんて素っ頓狂な声をあげる始末。 「おかしいぞ、お前。何を隠してるんだ?」 「だっ、だって明後日明々後日! 吉川が見てるって思っただけで、力がムダに入っちゃって絶対に失敗すると思うんだ。カッコ悪いトコ、君には見せたくなくて……」  他にも何かモゴモゴと口走るノリトを、吉川はぎゅっと抱きしめた。 「だったら弓道のこと、いろいろ教えてくれ。ノリの好きな弓道を、くわしく知りたいからさ」 「吉川――」 「そうと決まれば、ノリは部室に道具を取りに行く! 鍵をくれたら弓道場を開けてやるぞ?」  こうしてノリトによる弓道の知識を、吉川に披露することになってしまった。 (これってデートっていうよりも、勉強会になっている気がする)  そう思いつつも口元が緩んでしまうのは、大好きな吉川に弓道のことを知ってもらえるから。たったそれだけなのに幸せな気分になれちゃうなんて、随分とゲンキンだよね。  どこか呆れ顔をキープしたまま首を捻りながら部室に向かったノリトを、吉川は微笑んで見送り、弓道場の鍵を開けた。  靴を脱いできちんと揃えてから中に足を踏み入れると、ビニールハウスのような熱気が体を包み込んだ。 「容赦ねぇ暑さだな、こりゃ。早くシャッターを開けて涼しくしてやらねぇと、ノリのヤツが干からびて死んじまう」  額にじわりと滲む汗をそのままに大きなシャッターに両手をかけて、よいしょっと声をかけながら上げてやる。 「すかさず、もう一枚っ、えいやっ!」  ガラガラッ!  目の前には、見慣れた的を固定する庇(ひさし)の付いた砂場が見えた。 「こっから見ると、結構距離があるのな。前にノリが教えてくれたのに、何メートルだったのかを忘れちまった。これって怒られるじゃん」  顎に手を当てて考えていると、柔らかな風が弓道場の中を駆け抜けていった。心地いいそれを感じるべく、考えるのをやめて、ゆったりと身を任せる。 「すっげぇ気持ちいい……。外から入ってきてる風なんだから、ピッチで感じている風や教室に入ってくる風と同じハズなのに、ここに流れ込んでくる風は、どっか違う気がする。不思議だな」  額に滲んだ汗がすーっと引いていくのを感じていたら、細身の背中が砂場に向かって、ぱたぱたと走っているのが目に留まった。片手には巾着袋、もう片手には的を持っている。  ノリの手によって的が付けられるのをじぃっと眺めていると、こっちに振り向いた瞬間、右手を大きく振ってやった。 「おぉ~い、ノリ!」  自分のために準備してくれることに喜びを感じて声をかけたというのに、眉根を寄せてその場に仁王立ちしたノリに、ひーっと慄くしかない。 (これって、すっげぇ怒られるパターンじゃねぇかよ。とほほ……)  そう思ったのも束の間、中に入ってきたノリに予想通り、こっぴどく叱られてしまった。 「まったく! 射場内でさっきみたく、はしゃがない。神聖な場所なんだからね、吉川。分かった?」  他にもくどくど注意を受け続け(普段の恨みも晴らしていたりするのか?)ごめんなさいと何度も頭を下げたら、やっと許してくれた。  多少のしかめっ面を残しつつも、ノリは親切丁寧に弓道のことを教えてくれようと、俺の横に並んで説明してくれる。 「弓立てにある弓なんだけど見ての通り、すっごく長さがあるでしょ?」 「俺の身長よりも高いのな。何か、戦向きじゃない気がする」 「だよね。普通の弓の長さは221センチあるんだけど、吉川みたいに背の高い人が引く場合、2寸伸びっていうこれにプラス6センチ長い弓を引くんだよ」  これこれっと言って、一番端にあった弓を指差してくれた。それは周りの弓と比べて、明らかに長さが突き抜けていた。 「どうして背が高いと、弓も長いものを引かなきゃなんねぇんだ?」  小首を傾げて訊ねてみたら、きりっとメガネを上げて、良くぞ聞いてくれましたという表情をしたノリ。 「背が高いということは、腕の長さも長いんだよ。吉川、腕を前に伸ばしてみて」  言われた通りに腕を伸ばしてみたら、横にいるノリが肩の位置を同じにして並んで伸ばした。見た目は、身長と同じくらいの長さの差があった。 「吉川のこの長い腕で普通の弓を引いちゃうと、弓にかかる負担が半端ないことになるからね。だから身長に合わせて、弓も変えるんだ。それに矢を番える(つがえる)この位置。弓の上から三分の二、下から三分の一のところで引くんだよ」 「えっ!? 真ん中じゃねぇの? 確かアーチェリーとか他の短い弓って、真ん中だったよな?」  伸ばしていた腕を下ろすなり、必死になって思い出してみる。 「和弓はね、ムダに長いでしょ。左手で弓を持ったまま右手で引くんだけど、引く場所によっては、すっごく振動があるんだ。実際にやってみたら、手が痺れちゃうくらいに。だけどこの決まった位置で引くと、まったく振動がないんだよ」 「昔の日本人はすげぇな。ちゃんと調べあげて、その位置を導き出してんだから」  感心しながら声をあげたら、寄り添うように体を寄せて、うっすらと笑ってくれた。俺の大好きな、ノリのうっすら笑い。すげぇドキドキしちまう。 「一説によると弦(つる)を張った状態の弓を、矢を番える(つがえる)位置で上下に分けるとね、長さの比率が黄金比になるから美しいって言われてるんだけど、実際は五分の三あたりなんだって」  さっきから饒舌に喋ってくれる姿がめちゃくちゃ可愛らしくて、堪らなくなってきた。普段からあまり喋ってくれないもんだから、余計に胸にクるっていうか。  小学生のチビに囲まれて沸き合いあいとしながら、弓道のことを喋っている姿に、かなぁりヤキモチを妬いたのも事実だった。俺だけのためにこうして一生懸命に語ってくれることは、あり難さよりも嬉しさでいっぱいだ。 「ノリ……」 「うわあぁっ!? 吉川っ」  顔をぐいっと寄せたら、手に持っている白い巾着で見事に塞がれてしまった。 「いきなり何するんだよ、もう! ここは神聖な場所なんだからな、ダメだって!」  ――そういう場所だからこそ、イケナイことをしたくなるのが男ってもんだろ……。 「ところでノリ、この巾着は何が入ってるんだ?」  険悪な雰囲気を払拭すべく、大事そうに手に持っているそれを突ついてみた。 「これはね、弓と同じくらいに大事なものなんだ。ユガケと言ってね、右手に挿して使う物だよ」 「ユガケ?」  聞き慣れない言葉に、巾着から出てくるそれをじっと眺めた。黄土色をした3本指が嵌められる、手袋みたいな物だった。 「これは三ツガケで親指・人差指・中指を覆うものになっていて、他には薬指まで覆う四ツガケや、手袋みたいな形の諸がけ(もろがけ)があるんだよ。弓力のある弓を引くときは四ツガケを使う人が多いんだけど、僕は力がないから、この三ツガケを使っているんだ」  俺に説明しながら、手際よく三ツガケを嵌めて見せてくれる。目の前に掲げてくれたそれを、恐る恐る触って感触を確かめてみた。 「見た目、何かの皮でできているみたいだな。親指の部分が、すっげぇ堅くなってる」 「鹿の革で作られているだ。大人の人は手の大きさに合わせて、オーダーメードしてもらうみたいだけど、学生の内はそんなことができないから、服の大きさと同じようにSとかМなんていうサイズで合わせてもらってるんだよ」 「へぇ、すげぇな」 「すごくないよ。吉川だってサッカーシューズを自分の足の大きさに合わせて、使っているじゃないか。それと同じだって。あとね、この親指の部分のことを堅帽子(かたぼうし)と言って、くり抜かれた木が中に入っているんだ。そしてそこについてるここ、弦枕(つるまくら)って言うんだけど、この溝に弦(つる)を掛けるんだよ」  指を差した部分をじっと覗き見たけど、アレって思うしかない。 「……この付いてる溝、すっげぇ浅くね? 引くのが怖くならないのか?」  言いながらノリの顔を見てみたら、メガネの奥の瞳を細めて、こくこくと首を縦に振った。 「最初はすっごく怖かったよ。だけど溝が深いと、弦が食い込んで離れられないからね。カケの中の親指を逸らした上に中指を乗せて引くんだけど、右肘を体の外側に跳ね上げて、右手の甲をしっかり天井に向けていれば、絶対に暴発しないんだ。離れる瞬間は、指パッチンしてるみたいな、スパッとした離れが起きるんだよ」 「指パッチン。確かに気持ちイイかも」  意味なく何度も右手を指パッチンして、その感触を確かめる俺って、ちょっとバカみたいかもな。 「これができるまでには、すっごく時間がかかるけどね。とにかく練習あるのみなんだ。あとね先輩によく言われたよ、かけがけのないカケなんだから、床に置いたりするなんて言語道断だって」 「お~、確かに! 自分専用なんだから取替えのきかない、かけがえのない物だもんな」  ノリの言葉に感動していると、いつの間にか左手に矢を持っていて、目の前に見せてくれる。 「これが、いつも練習で使ってる矢だよ。安土(あづち)に刺さる部分を矢尻って言うんだ」 「あー、この切っ先の鋭い部分が、頭になるワケだな。それと反対側にある羽の付いてる部品の溝で、弦(つる)に取り付けられる仕組みなんだ。なるほどー」  腕を伸ばしたら、手に矢を握らせてくれた。長さは俺の腕くらいで、思ったよりも軽い作りをしていることに驚いた。 「そうだよ。弦(つる)を保護するのに中仕掛けっていって、弦(つる)の糸を解したものを木工用ボンドで巻きつけて、このプラスチックでできてる筈(はず)の太さに合わせるんだ」 「そんなハズあるのか。なんちゃって!」  ややふざけ気味に言ってやると、手に持っていた矢を手荒くぶん取って左手に弓を持ち、呆れ顔のまま口を開いた。 「……こうやって筈(はず)が弦(つる)に嵌るのは当然のことだから、当然のことを「筈」と言うようになったんだ。これは今でも「きっとその筈だ」「そんな筈はない」といった、言い回しになっているけどね」  ぱちんと音を立てて、矢を番えてくれた(つがえてくれた)ノリ。右手にはカケも付けているんだし、これってそのまま弓が引けちゃうのでは!? 「こうして両腕に輪を作って、円相(えんそう)を保ちながら弓を引くんだよ。分かった吉川?」 「よぉく分かった! もっと分かりたいから是非ともいつも引くところで、弓を引いてみてくれノリ!」 「や、それは無理だって。腰をいつも固定してる帯がないからグラグラしちゃうだろうし、着ているシャツのボタンが弦(つる)に引っかかって、取れちゃうかもしれないし」  俺が強請った途端に顔色を曇らせ、しなくていい言い訳ばかり並べ立ててくれる。 「だったら(喜んで)ノリの腰を俺が両手で掴んで、固定してやってもいいぞ。それにシャツは脱げばいい、うん!」  両手に持っている弓矢を取り上げるなり、さっさとシャツを脱がせてやった。中に着ているシャツの色とノリの頬の色がなぜだか同じ色になっていて、思わず俺まで赤くなってしまう始末。 「腰は掴まなくていいから、靴下も脱がせてほしいんだ。足踏みしたときに、身長の半分くらい足を開かなきゃいけなくて。靴下のままだと滑っちゃうから」  靴下を脱がせてほしいと、吉川の耳には届いていた。しっかり届いていたのに脳内では――。 『下着も脱がせてほしいんだ』  という言葉にちゃっかり変換されて、ズリ下がったメガネで俺のことを上目遣いするノリの顔が浮かび、めくるめく妄想に拍車がかかって、大変なこととなってしまった。  その内容を書いてしまうと全年齢指定でいられなくなるので、泣く泣く割愛するが、んもぅそれはそれはいいものであると断言する! 「吉川、どうした――っ、ちょっ……鼻血が垂れてる!」 「へっ!?」 「暑さのせいかな? 道場にティッシュなんてないよ、どうしよう。部室まで取りに行かなきゃ」  いつもいいトコロで鼻血を出す吉川選手に、いつものごとくノリトはバタバタさせられたのでした。

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