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第1話

◆◆◆ 『……ひよりおじしゃん、この……うさぎしゃんの……お名前は?』 『……はあ?名前なんてねえよ……てめえが勝手につけとけ―――っとに、兄貴も何だって俺にこんな餓鬼を押し付けてくるかな……』 『おとさん、おとさんは――おかさんがいなくなっちゃって……かなしんでるの――ひなたもかなしいの……うっ……うわぁぁぁんっ……!!』 『あー……だから、ぴーぴー泣くんじゃねえよ!!ほれ、この……名もないうさぎさんも困ってんぞ―――だから、泣き止め……日向……』 (――ああ……もうすぐ夢の世界が終わってしまう……せっかく明晰夢だと気付いて好き勝手にやっていけると思ったのに……) ―――ピピピ、ピピ…… 部屋の中に規則的な機械音のアラームが鳴り響く。 障子に襖―――木彫りの机とその近くに置いてある所々破れかけていて綿が飛び出しそうな白い座布団。それと、床に敷き詰められているい草の香りが心地よい深い緑色の畳が存在する和室の中で唯一機械的な目覚まし時計は容赦なく夢の世界に誘われていた僕の意識をハッキリと 覚醒させた。 それにしても―――随分と昔の夢を見たものだ。 日和叔父さんとは幾年も会っていないというのに。別に、僕が一方的に日和叔父さんに会いたがらないという訳ではない。 ただ―――かつて、父と母と僕と共に暮らしていた日和叔父さんは――急に家から出て行ってしまったのだ。 父とは折り合いが悪かったのも、原因なのかもしれない。 神経質な父と――自由奔放な叔父さんはひとつやねのしたで暮らしているにも関わらず―――互いに存在を無視し合って必要最低限な言葉以外は一言も話さなかった。せいぜい、たまに相槌を打つくらいで――それすらも、ままならなかったくらいだ。 『―――探すな』 それだけを書き置きして、日和叔父さんは家から出て行ってしまった。 ◆◆◆ ―――リン、ゴーン……リンゴーン…… と、僕が昔の叔父さんとの日々を思い出して何とも言えない感情を抱きながら布団を片付けようとしていた時の事だ―――。 今は滅多に鳴る事もない―――古臭い呼び鈴の音が耳に入ってくるのだった。

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