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第287話
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「ええ、そうなんです。この嗟玖村には心身の療養で訪れまして___ですから、あの……何処かに長期間で泊まれる宿か、住み込みで働ける場所はないですか?実は数日前に此処に来てお世話になってた場があったんですけど、とある事情で追い出しをくらってしまって………来たばかりの余所者が、こう言っては何ですが、とても困っているんです」
次に《小見山世那》が意識を戻した時には、ざっと見た所、小さな村の役場と思われる場所にいて陰気臭い男と対面しながら【鵜月嘉晴】が慌てた様子で自らの状況を説明している場面だった。
時代の違いだからか、それとも大勢の人間達がひしめく都会ではなく、周りがほぼ知り会いという村社会が形成されているからなのか、決して広くはない役場の中にも霧のような葉巻の白煙に覆われていて、小見山は思わず不快な気持ちを抱いてしまう。
『どいつも、こいつも……煙草ばっかり吸って……しかも、電車の中ならまだしも仕事中でもお構いなしかよ』
【鵜月嘉晴】が煙に耐えきれず咳をしてしまっても、不愉快げに眉をひそめるだけで周りの誰もがその行為を吸っている本人をたしなめる素振りすらせずに、止めようともしない。
「ですから、先程から申しておりますけども……この村には得たいの知れぬ余所者の貴方を必要とする村人はおりません。どうか、お引き取りを___」
男はかろうじて丁寧な口調を崩さないものの迷惑そうに溜息をひとつついて何処かへと去って行ってしまう。
ここにいても意味が無いと判断したからか、仕方なく席を立つと、憂鬱げな表情を浮かべながらふらふらとした足取りで出口へ向かう。
「あっ……と__失礼しました」
心此処にあらずだったせいで、周りの状況がよく見えていなかった。そのせいで、側にきた人物にぶつかってしまい、懐にしまっておいた万年筆がころころと床に転げ落ちていく。
「いえ、それよりも___これ…………」
丁寧に刈り上げられた坊主頭に、白の半袖シャツ――更に灰色のズボンを履いた少年が、拾い上げた万年筆を此方へと差し出してくる。
「ありがとう」
「大した事はしていないので、御礼なんて言われる筋合いはありません」
少年の言葉を聞いて、少し躊躇う【鵜月嘉晴】____。
しかし、そんな余所よそしい雰囲気は、あることがきっかけで簡単に覆ることとなる。
村の役場を出た後で、知り合ったばかりの二人は散歩をした。最初は少し迷惑そうな少年だったけれど、話しをする内に徐々に打ち解けていき、そして【鵜月嘉晴】の身の上話を聞くと少しばかり遠慮がちに、こう切り出す
のだ。
「あの___仕事と住処を探してるんですか?」
「ああ、まったくもって情けないことだけれど……無一文だし居場所が無いんだ。今の僕にあるのは、君に拾ってもらった万年筆だけだよ」
「それなら、とある御屋敷で使用人として働くのはどうです?当主が使用人を探してこいと命じてきたから、この役場に来たんです。さっさと仕事を終わらせたい俺にとっても、困っている貴方にとっても決して悪い話ではないかと思うんですが……如何ですか?」
【鵜月嘉晴】は歓喜した。
そのため、すぐに少年の話を承諾して床に頭を擦り付ける勢いで命を救ってくれた彼に感謝したのだ。
「では、当主には俺から話をつけておきます。名は鵜月嘉晴さんで間違いないのですね?」
「ええ、宜しくお願いします。そうだ___」
ここにきて、ふと少年の名を聞いていないことを思い出す。
「君は、何という名前なのですか?」
少年がすぐに答えることはなく、僅かばかり顔を伏せてしまう。
「俺の名前は、加賀丸___。どうか、梅后院の御屋敷でも加賀丸と呼んでください……それでは、失礼します」
このやり取りによって【鵜月嘉晴】は梅后院家にて住み込みの使用人として働くことになるのだった。
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